「成功だったらしいな」
「スペードの復活ですか!?」
「ああ、だが、もう10年以上だからな!何処まで出来るか・・・」
「メンバーは、当時のままですか!?」
「いや、ギターとドラム以外は、変わっているらしい」
「メンバーが、いなくなったんでしたっけ・・・」
「ああ、契約のトラブルって噂だったな」
「当時としては、A.N.Jellの向こうを張っていたんでしょう!?」
「ああ、だが、今やこっちは、大物も良いとこだろ!」
「ボーカルは、まだ若いとか」
「ああ、まだ10代って噂だ」
「見た目が、幼いってことじゃないんですか!?」
「さぁな、ホントウのところは、マダわからん」
★★★★★☆☆☆★★★★★
廊下からそんな声が聞こえていた。
最近復活したと噂の、スペードというバンドは、復活イベントを行ったは良いが、それが、成功を収めたにも関わらず、一切の活動を断っているらしい。
ネットでも、連日、話題に昇るが、そのページも今は、全てが封鎖されていて、そこを開けるとリーダーである、イ・ユンギのコメントが載っている。
長年のファンの意向に添う為一時的な復活をしただけとの事だった。
「成功だったならテレビとか、イベントとか、バンバンやっても良さそうなのにね」
ジェルミが、PCを操作しながら、鏡の前で、呟いた。
衣装を揃えてハンガーに掛けていたシヌが、そちらを振り返るが、答えたのは、ミナムだった。
「この前の公園のヤツだろ!?」
ソファに胡坐をかいて座っているミナムは、足首を掴むと、舐めていたキャンデイの棒を掴んで口から出した。
「何か載っているのか!?」
シヌが、ギターを掴んでミナムの隣に座りながら聞いた。
「うーん!?何か、イ・ユンギssi以外のメンバーは、顔がはっきり見えなかったらしいいんだよね。だから、当時のメンバーかどうかが、わからないんだって」
「なんでだ!?」
「わからないけど、この噂だと、ユンギssiが、誰かの為に一夜だけって決めて復活させたって書かれてるよ・・・活動する気は無かったってことかな!?」
「誰かの為!?」
「うん!何でも大切な人だったって、書かれてるけど・・・」
「ふーん」
「それが、あのライブの理由なのか・・・」
シヌは、鏡越しにジェルミを見た後、視線を僅かに逸らした。
よんどころない事情で、結局は、デビューが潰れ、メンバーが揃わなかったのではなく、揃えられなかったのだと聞いていた。
実力はあるからと、他のメンバーと一緒にという話もあったらしいが、それも断ったらしい。
自分の歌を歌える人間は、この世にいないと全てを捨てるように諦め、この世界から消えていった。
当時、練習に通っていたスタジオに、ある日突然来なくなったユンギの事を噂する人は絶えなくて、嫌でも耳に入ってきてた。
A.N.Jellのデビュー活動が忙しくなった頃で、事務所が用意してくれたスタジオを頻繁に使うようになったシヌやテギョンは、そちらのスタジオに行かなくなったから、それ以降の話は知らない。
それでも、どこかで音楽に携わっていると噂は聞いていた。
懐かしい、昔の友人の復活を喜んだ筈だったが、活動をしないとなると自分達と同じステージに立つことがないという事なんだとシヌは少し考え込んだ。
また、昔の様に競い合える良いライバルが戻ってきたと喜んだのも束の間だったことになる。
「なぁ、ボーカルがめちゃくちゃ若かったって話は・・・」
ミナムが、キャンデイを口に戻しながら聞いた。
「ああ、それも書かれてる。けど、本当の所はわからないみたいだよ」
ジェルミが、パソコンを持ち上げてくるっと椅子を廻した。
「すっごく高くて良い声だったんだって、泣いた人も居たみたい・・・」
「聞いてみたいな・・・」
ミナムが、関心を高めたように言った。
「ミナムみたいな歌声ってことか・・・」
「天使の声!?」
「でも、本当に若かったら、それもあるかも・・・」
控え室で、三人は、時間を潰していた。
トーク番組への出演だったが、珍しく、テギョンが、話を受けても良いというので、A.N.Jell揃っての出演だった。
その代わり、話題は、音楽に関すること。
その一点に集中し、一曲披露させろと掛け合っていた。
だから、珍しいテレビ出演だったが、今日は演奏もある。
シヌは、ギターの調整をしながら、時間を待っていた。
「おい、お前達スタジオに入るぞ!」
テギョンが、打ち合わせを終えて戻って来た。
ステージの構成に少し不満があったようで、完璧を求めるテギョンには、ほんの僅かな収録でも、それも許せなかったらしい。
「終わったのか!?」
「ああ」
「じゃぁ、いっきますかー!」
「頑張ろうぜ!」
ミナムが、伸びをして立ち上がり、ジェルミも椅子から降りると大きく手を伸ばした。
「張り切って喋るよー!ヒョン達の分もね!!」
二人してニッと笑って控え室を出て行く。
後に残された年長者二人は顔を見合わせていた。
「聞いたか!?」
シヌが、テギョンに促されるように廊下に出た。
「ああ、お前も聞いた!?」
「ああ、だけど、ミニョが、会った感じからしたら・・・なんと言うか」
テギョンは、腕を組んで言葉に詰まった。
「あいつらしくない!・・・だろう」
シヌが、隣を歩きながら小声で言った。
「ああ、何と言うか、控えめだけど、明るいやつだったからな・・・」
復活したスペードの噂される姿とテギョンが、知っているユンギとが、あまりにかけ離れていた。
ミニョから、話を聞く限りでは、昔のままという感じだったのに、スペードは、もっと、クールで渇いた感じがしていた。
「誰かマネジメントをしてくれるやつがいたのか!?」
テギョンが、廊下を曲がりながらシヌに聞いた。
「判らないけど・・・あいつ自身も結構、出自は良かった筈だぞ!その辺のつてなら、あるんじゃないか!?」
「そうなのか!?」
「ああ、だから、彼女がいなくなった時、家のことが原因じゃないかと言われてた」
「音楽には、携わっているって聞いてたから、どこかで弾いてるんだろうとは思っていたけど・・・」
「今回の復活で、完全に戻ってくると思ってたからな・・・」
スタジオに入った二人は、そこで話をやめた。
共に顔つきが変わっていく。
テギョンとシヌからA.N.Jellのテギョンとシヌへ。
「では、本番お願いしまーす!」
そんな声がかかって、収録が始まった。
スペードについては、まだ、判らないことが多く、このまま、活動をするのかしないのか、それは、ファンの関心も高いことだったが、テギョンとシヌにとっても懐かしい友との再会を心待ちにした、関心の高いことだった。
★★★★★☆☆☆★★★★★
すれ違うひとの波から
君だけしか見えなかった
立ち尽くす僕の横を
たくさんの人が行き交う
人並みに逆らって立つ君も僕だけをみていたね
まるで スローモーションの様に
全ての音と 人が 消えていく
君の姿だけが 僕の目に映る
僕の姿だけを 捉える瞳
一歩 踏み出す 僕と君
一歩 近づく 君と僕
互いに腕を伸ばして触れ合う指先
そこから熱を発するように
絡まる指先 恋に落ちたね
★★★★★☆☆☆★★★★★
所属事務所を持たないスペードは、そのマネジメントを行った者は、確かに存在しているが、実際、メンバーに会えるということがないらしい。
ユンギも復活ライブの後、演奏していたクラブから姿を消した。
あの復活ライブは、何だったのかと噂は、まだまだ落ち着かない。
「はぁぁ、そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ」
パソコンの横に置いてある写真に目を合わせて、ユンギは、それを手に取った。
「どうしたらいいんだろうね!?」
写真の中の女性は、笑っているだけで当然答えてはくれない。
溜息を零したユンギは、ふと、壁に掛けられたギターを見た。
この前ミニョに貰ったサインの入ったギターだ。
「コ・ミニョssi!かわいかったなぁー!歌ってるの見たいなぁ!」
ギターに手を乗せるとサインの書かれたところを撫でている。
「テギョンの奥さんかぁ!あいつも活躍してるしなぁ・・・このまま、復活しちゃえば、あいつとも会うだろうなぁ・・・」
壁際を向いたまま、キーボードの前に顔を置いた。
「スペードかぁ、僕の中では終わった事だったんだけど・・・あの子の気持ち考えるとなぁ・・・」
反対側を向いたユンギは、また写真を見る。
「仕事もあるし、どうしたらいいかなぁ・・・」
深い溜息をつきながら、考え事に没頭していた。