逸らした顔をまたあげたミニョは、撮影隊の移動を目で追っているテギョンを見上げていた。
今日の撮影は、午前中から夕方までA.N.Jellが女性と絡むコンセプトが用意され、その相手役として現地モデルが数人呼ばれており、初めこそ、順調に進んでいたかに見えた撮影は、しかし、テギョンの異変によって中断を余儀なくされた。
『コミニョssi、どうかされましたか!?』
『ぅ・・・ん、ヒョンの・・・様子が、ちょっと、なのです・・・何か、あるかも・・・』
間近で撮影をしているソヨンの背中越しに少し離れた場所から見ていたミニョが、隣にいたスハに返事をしているとカメラを下ろしたソヨンが、こちらを振り返っていた。
『オンニ・・・』
ミニョと視線が合うなり猛烈な勢いで駆け寄ってきたソヨンは、テーブルに両手を置いた。
『ね、ミニョ、ファン・テギョンって結構なアレルギー持ちよね・・・』
『えっ、あ、そうですっ』
じっと見上げられた目にきょとんとしながら圧倒されて返事をしたミニョは、差し出された手に首を傾げた。
『食べ物以外にダメなものの資料頂戴』
『あ、ああ、はいっ』
手許にあったファイルをソヨンの手に乗せたミニョは、スハが差し出したコーヒーを受け取りテーブルに腰を下ろしたソヨンの手に渡して、捲られるファイルを後ろから覗き込んだ。
『仕事は、完璧な筈だけど・・・さっきから何か変・・・』
物理的な要因を探ってテギョンの病歴が記載されているページを捲るソヨンは、細かにデータ化されている服薬リストを指で辿って考え込み、ミニョは、テギョンの方を見た。
ソヨンが離れた事で、女性モデルもテギョンの傍を離れ、代わりにヘアーメイク担当のスタッフが周りを囲んで談笑をしているらしく、相変わらずむすっとした表情はしているものの硬い表情を消したテギョンは、されるがままで目を閉じていた。
『強い匂いなんかも気にされる事はありますけど・・・食べ物以外はあまり問題ないかと・・・』
テギョンを見つめながらミニョがボソリと呟いていた。
片手でカメラを構えるソヨンは、庭を見回してラフなショットを数枚撮影し、また資料に目を戻した。
『匂い・・・ね、MCS(化学物質過敏症)・・・ってこと!?・・・・・・ということは、香料、かな・・・』
スハに向かって挙がった手の上に黒い革張りの薄いファイルが乗せられ、それを開いたソヨンは、ファン・テギョンと書かれたページで文字と数字を辿り始めた。
『あ、でも、あれくらいなら・・・大丈夫じゃないかと・・・』
女性モデルもまたメイクを直され、数種類のヘアスプレーを吹きかけられ、そんな様子を見ていたミニョは、ソヨンを後ろから覗き込んだが、ただノートに適当に線を引いただけに見える英語でも韓国語でもない文字が読める筈も無く、不思議顔をあげて目が合ったスハに微笑まれていた。
『チッ、本人に聞いてみるか!』
パタンと派手な音でファイルを閉じたソヨンは、テギョンを呼んだ。
懸念は、早めに潰すに限る。
けれど、真っ先にテギョンに聞かず、アレルギーを疑ったのは、偏にソヨンが自分を疑ったからだ。
健康管理は自己責任。
そうはいっても屋敷と撮影の管理はソヨンの責任だ。
ファィンダー越しにテギョンを見ていたソヨンは、その首に浮かんだ小さな発疹に気が付いていた。
アレルギーの原因は元より、その個人差等大小様々で、自覚症状があればある程度の防衛も可能だろうが、原因が知れている病など実に全世界の2、30パーセント程度で、珍しいと言われるものも病名が判るだけ有難いのが現実だ。
ゆったり歩いてくるテギョンを見つめながらソヨンは、アレルギーじゃないとしたら何が原因だろうと考えていた。
『なんだ!?』
ソヨンの前に立ったテギョンは、憮然と見下ろし、ミニョが差し出したコーヒーを受け取って口に運んび、離れようとした肩を抱いた。
『どこか具合悪い!?』
『あ!?』
『何か気に入らないことがあるでしょう!?』
首元に触れていたテギョンは、ソヨンの視線に気づき、振り返って大きな舌打ちをした。
違和感を覚えていたのは何よりテギョンで、痒みや呼吸困難とまでいかなくともそこは明らかな熱を持っていた。
『・・・・・・・・・っあの女、俺に接近しすぎるんだっ!あちこち触りやがるし!服まで捲られたっ』
ミニョの肩に置いた手を腰に変えて、モデルを肩越しに振り返りソヨンを見たテギョンは、小声で吐き捨てた。
聞いてしまえば何という事はなかったが、しかし、何かしらのアレルギーの一端だろうと判断したソヨンは、テギョンの手元を見つめながら暫く考え込み、クスリと鼻先で笑って立ち上がった。
『解った!終わりにしよう!その代わり貸しひとつ!後で私の言う事を聞いて貰うわ』
スハとカメラを交換して話をしながら、現場へ戻って行くソヨンにまだ飲み掛けのコーヒーを口にしていたテギョンがきょとんと振り返った。
『なっ、おいっ』
『シャワーを浴びて、今日は終りにして下さい。多分、撮り直しをされるおつもりです。別な方と・・・』
スハの声にもう一度振り返ったテギョンは、その視線の先に気が付いて唇を尖らせていた。
『チッ・・・まぁ、良い・・・』
そんな事があった今日を考えて、テギョンを見ていたミニョは、呼ばれて慌てていたのだった。
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