『お前・・・呼ばれているぞ・・・』
転がり込んだ空間で、然して驚くでもなく、きょとんと周りを見回してにっぱり笑うとただ走り回っていた少女は、額縁の向こう側で、こちらを見つめる少年の難しい顔をして、視線を上下に彷徨わせている姿を見た。
行ったり来たりする視線は、けれど上の方ばかりを見て、舌打ちをした口元を突き出し、指を突きつけて何かを叫び、ククと笑った男が、少女の腕を捕まえていた。
『そろそろ戻れ!どうやらお前のファン・テギョンは、相当気が短いらしい』
きょとんとする少女に横になっていた体を起こした男は、指をひとつ鳴らして宙に現れた剣を手にしている。
『幾つになる!?』
鞘から刀身を抜きながら浮かぶ波紋を見つめ、スッと一撫で、親指を当てた男に考え込んでいた少女は、片手を大きく広げて見せた。
『ふ、その年では、あいつも苦労をしているだろうな』
『アジョーシーは、誰なのー!?』
漸く男の存在に興味を示した顔が聞き返していた。
『俺もファン・テギョンだ』
『オッパとおんなじ名前ー!?』
『ああ、俺もあいつも同じ存在だ』
『おんなじー!?』
『お前の名前はコ・ミニョだろう!?』
『うん!ミニョっていうの、オッパがつけてくれた!』
『ほぉ・・・お前とあいつは、生まれた時から一緒か!?』
『オッパがミニョを拾ってくれたんだよー』
『ふ、そうか・・・どうやらあいつは、あの年で明朗な記憶を持っている様だ』
額縁の向こう側の少年テギョンは、指差したまま未だ何かを叫んでいる。
『あいつが来る予定だったんだろうな・・・前の時代・・・あの鍵は、答えを見つけられたのか・・・』
肘を床に当て、頭を支えて横たわった男は、目を閉じていた。
前の時代。
それは、いつの事だろう。
前があまりに多すぎて、もう、いつとも覚えておらぬ。
吾の記憶を持つ少年が生まれ、ミニョの記憶を持っている少女もこうして目の前にやって来る。
もう何度も。
会うたびに年齢も姿も違うが、それは、テギョンとミニョという名と思い出を持っている。
けれどそれらは、記憶を持っているだけの別の存在。
それが長い間ここで、絵の中で過ごした男の結論だ。
吾は、ここにいる。
ここにいるのにミニョには会えぬ。
吾が会いたいミニョは、どこにもいない。
悲しくないかと聞いたあの青年は。
考え事をしていたテギョンの耳にミニョの笑い声が届けられた。
楽しそうに可笑しそうにクスクス笑う声。
目を開けたテギョンは、目の前で刀身に顔を写して遊び笑っている小さなミニョを見た。
その瞬間、剣が煌めいた。
少年が持った鍵と感応を見せた剣は、互いの平面に強い陽を受け、反射した光が、交差した筋を作り絵の額縁に当てた。
いや、当たった。
『なっ・・・』
眩しくて目を開けていられなくなったテギョンは、手を顔に翳し、小さなミニョの背中を見ていた。
その背中は、ゆらゆら揺らめきぼんやりと消えていく。
『なっ・・・んだ・・・』
呆けたテギョンは、漸くうっすら開けた瞳で外の少年を見つめた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
『ずーーーっとそこにいたんだなっ!!!』
『ふふ、そうだと言ったら、何!?』
『俺の事を振り回していたんだろうがっ!』
『そんなつもりは毛頭ない・・・も主を捜していた』
『ここにいるって知っているだろう!』
『知っていても何も出来なかった』
『お前がそこに居るのにかっ!』
『ええ、そうよ・・・だって、入れないんだもの・・・』
『あいつは、外に出ることが出来るんだぞっ!会う事っ・・・』
『見えないのよっ!』
叫びは、悲痛だった。
だから小さなテギョンは、怯んでいた。
ポロポロと零れていく透明な滴が、ゆっくりと落ちて床の色を変えるのをただ見つめていた。
『見えていたら、最初の出会いで全てが終わっていたわ・・・』
『なっ・・・泣かなくてもっ・・・』
『泣きたくもなるでしょう!何年待ったと思ってるのよっ!』
『そっ、それはっ!俺っ!!!チッ!おっ前・・・性格悪いだろう・・・』
『性格も悪くなるわ・・・見つけたら死の淵・・・一緒に過ごせば、あっという間に死んでいく・・・わたしのせいなのだとしてもあまりに酷いと思わないっ!』
『・・・・・・お前が望んだことだろう』
『そんな事望んでいなかった・・・いえ・・・会いたいとは望んだわ・・・会いたかった・・・ただ・・・会いたかっただけなのに・・・』
ポロポロ零れる涙に困った顔のテギョンが、手を掲げた時、高窓から差し込んだ陽の光が鍵を反射させたのだった。
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