『ミナムっ』
『ジェル、ミ・・・・・・来たのか・・・』
『ああ、ミニョの事が気になって・・・何度か、な・・・』
墓地の最奥で、僅かに開けていた扉の軋む音に顔を向けたミナムは、近づいて来るジェルミに上を見る様促していた。
『覚えているか!?』
男女が寄り添って描かれた肖像は、そこに見知った顔を写している。
『ああ、覚えてた・・・というより、思い出したんだ・・・お前達がここで迷子になった翌日、父に連れて来られた』
『・・・・・・顔が、無い・・・と言ったんだ・・・』
誰が。
ミニョが。
互いを見合わせ、そんな会話を表情だけで交わし、揃って上を見たふたりは、首を傾げた。
『ミニョとファン・テギョンに見えるだろう・・・』
『ああ、つまり、お前にも見えるって事だけど・・・王に依ると遥か昔の御伽、噺だそうだ・・・』
『御伽噺・・・ね・・・あまりに昔過ぎて資料も無いってことか・・・』
『真実がどうかなんて誰にも判らないよな・・・』
肖像画に近づいたジェルミは、埃を払い、ミナムは、遠ざかって行く。
『その時代・・・戦火は、もっと広範囲だったそうだぞ・・・国という単位が、あるにはあったが・・・集約する為に人々は戦って・・・・・・今もあまり変わらないと思うが、人の生き方なんてそうそう変わるものじゃあないんだよな・・・』
高窓から空を見あげたミナムは、優雅に飛んでいる鳥を見つめた。
『生き方!?』
肩越しに後ろを見たジェルミは、腕を伸ばすミナムに不思議な顔をした。
『格子に阻まれて、それ以上はこちらに来られない・・・格子は、守る為であって、阻害する為のものだ・・・』
『はぇぃ!?何言ってんの!?お前!?』
向きを変え、ミナムを見たジェルミの上で、鳥の羽ばたきが大きな影を落とし、頭を抱えて沈んだジェルミは、そうっと上を見た。
『あっ・・・っんだよ・・・ミナムの鳥か・・・脅かすなっ・・・』
格子を肢で蹴り上げ、木に下り立った鳥が、大きな羽を収めている。
『ふは、シヌヒョンにお使いを頼んでた・・・無事に戻って来たな』
『えっ!?向こうの状況は!?』
高窓を見上げたジェルミが、顔付を変えた。
宰官としての顔だ。
『さぁな・・・ここからじゃ確認できない』
『なっんだよーそれっ!役立たずだなっ!』
『十分役に立ってるだろう!行って帰って来た・・・ちゃんと結びもつけてるよ』
一瞬の豹変ですっかり幼馴染としての顔に戻ったジェルミは、扉に向かってさっさと歩き始めたミナムを慌てて追いかけた。
閉めてしまえば、その空間以外は、真っ暗な通路だ。
燭台を手に火を点けたミナムは、ジェルミにそれを持たせ、先を歩いて行く。
『アボジは、俺をここから出すつもりだよな・・・』
『えっ!?なに!?』
唐突なミナムの声に後ろを歩いていたジェルミは、燭台を高く掲げ、立ち止まったミナムは、壁に掛けられた一枚の肖像画を見あげた。
『ここさぁ、歴代の王の肖像があるのを知っていたかぁ!?』
『ん!?ああ、中には無くなっている物もあるらしいけど、ほぼ、数百年分はあると聞いている』
だから、やたらと長い通路なのだ。
在りし日の栄華と没落を彩る為。
厳かな雰囲気を保つ通路は、少しづつ増築をされ長い距離は僅かずつだが伸ばされた結果だ。
『元々の距離ってさ、この辺りまでだったらしいぞぉ・・・』
壁に手を付いたミナムは、肖像画を見上げ、歩いて来た通路とまだかろうじて見える扉を見た。
『ここが、元々の入り口だったんだ・・・俺達が入って来たあの入り口は、長い時に作り変えられたもの・・・・・・つまり、初代の王は、この辺りまでと考えていた・・・と思わないか!?』
ジェルミの腕を引っ張ったミナムは、壁に明かりを向けるよう要求した。
『何が言いたいのか解らないんだけど・・・』
ミナムの触れる壁を見下ろしたジェルミは、訝しそうに眉間を寄せ、暫くして響いたカタンという音に目を見開いた。
『ふ、お前の疑問に答えてやるよ・・・宰官殿!アボジが、何故、ミニョの胸に浮かんだ痣について何も言わないのか・・・・・・何故、この国から少しづつ人を追い払っているのか・・・・・・何故、戦とは関係の無い筈のこの国で、戦う準備をしているのか・・・』
ゆっくり横を見たジェルミの顔は白く色を失くし、照らされたミナムの顔は、対照的に赤く染まった。
『・・・こっれ・・・は・・・』
『アボジは、これを知っているのさ・・・そして誰よりも信じてる・・・』
腰程の高さの隠し扉を押したミナムは、屈みこんでそこを潜り、茫然としているジェルミの袖を掴んで強く引っ張っていたのだった。