『お訊ねしても・・・』
遠慮がちに小さな器を卓に置いたジェルミは、拡げた書簡から目をあげたジェヒョンに俯いて瞼を伏せていた。
器を手にしたジェヒョンは、葉が浮かんだ薬湯に口をつけ、それを戻して室内を見回し、入り口に立った兵士がふたり、すかさず頭を下げて去っていった。
『ジェルミは幾つになったかな・・・』
聞かれるまま歳を答えたジェルミは、ジェヒョンの言葉を待っている。
『お父上の跡を継いで3年・・・だったね』
『は・・・い・・・』
ジェヒョンの顔色を窺いながら、喉を詰まらせるジェルミは、緊張の面持ちだ。
『聞きたいのは、シヌのことかね!?それともテギョン!?』
『・・・テギョン様と・・・・・・ミニョ様の事です』
頭をあげるジェヒョンと暫く見つめ合い、視線を外して立ち上がった姿に胸を撫で下ろしたジェルミは、言葉を待って背筋を伸ばした。
しかし、無言で外を見つめるジェヒョンは一向に口を開く様子が無い。
立ち尽くしたまま、待ち続けるジェルミは、ジェヒョンに呼ばれて隣に立った。
『あの墓地に眠る絵を見たことがあるね』
鬱々と生い茂る木々の隙間から石造りの門とあの墓地が見える。
『はい・・・ですが、一度だけです・・・』
それは、子供の頃、ミナムとミニョと一緒に遊んだ頃の記憶。
誰が言いだしたのか覚えていないが、子供の冒険心を擽る場所に好奇心に負けて入った。
しかし、ジェルミはすぐに墓地特有の冷たい空気と暗闇に怖気づき引き返した外でふたりを待っていたが、一向に戻って来ない状況を焦り、たまたま通りかかった父を呼んで一緒に迎えに行った。
翌日、父が、ジェルミの手を引いて一番奥まで連れて行ってくれた。
『ファン・テギョンに似ていただろう』
『はい・・・ですが、私の記憶も曖昧です・・・』
ここ数日のジェヒョンとシヌとテギョンの会話を誰より間近で見聞きしていたのはジェルミだけだ。
本来ならば、ミナムがそこにいて然るべき会談なのにミナムを呼ぶことは、ジェヒョンに禁じられた。
何故と思いながらもそれが密談であることとテギョンが訪ねて来た時のジェヒョンの言葉の真意を覚り、憂えた感情にも答えを見つけていた。
『この城の創始者のお血筋なのですか・・・』
『ああ、此処よりももっと北の生まれだがね・・・わたしの生まれた国もそこだ・・・テギョンの母は、流れ者の踊り子だったが・・・流れ流れている間に北の国の王に見初められて妻になった・・・テギョンを身籠る少し前にこの城に滞在していて・・・それで、あの絵を見た』
食い入る様にその絵を見つめる女の姿は、ジェヒョンにとって忘れられない風情だ。
美しい物にうっとりしていた筈が、怯えて震え、恐怖に蒼白になった顔は、感情を綯い交ぜにして、意識を手放す事で落ち着いた。
国へ戻った女はやがてテギョンを産み落としたが、赤子の顔を見て、臣下の子と取り替えた。
『昔・・・むかし・・・』
黙り込んでいたジェヒョンの溜息交じりの語りをジェルミも黙って聞いている。
『昔、そう遥か昔だ・・・北の地方に飢饉があって、人々は、食料を求めて移動と戦を始めた。長く不毛な戦いだ・・・しかし、人々は今日を生きることを望んだ。戦は終わらず、食料は減っていく。誰もが憂い嘆くが戦は終わらない。某国の王が、先頭に立って戦を終わらせたが、その中で、戦死した兵士の子供がこの城の創始者だ・・・あの絵は、その両親だ・・・』
『テギョン様とミニョ様に・・・』
『ああ、似ているだろう・・・この城には、創始者以来長く継がれる話がある・・・ジェルミも聞いているだろう!?』
『は・・・い・・・父に・・・職を引き継ぐ時に聞きました・・・』
しかし、そんなものはすっかり忘れていたのだ。
昔語り。
昔、昔の御伽噺。
それは、雲を霧を掴む様な幻。
ある訳が無いとそう思っていた。
『古い記録に・・・幾度かあの絵姿と同じものが生まれているとある・・・これは、私しか知らないことだがね』
命の運びは時に残酷だ。
信じるものも信じぬものも誰もが輪の中で踊っている。
同じことが起きるのか起きぬのか。
少なくともジェヒョンは、信じているのだと悲しげな横顔を見つめるジェルミもまた物憂(ものう)げだった。
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