早朝の出来事は、昼食を終える頃には城内を噂で満たしていた。
『姫様が怪我!?』
『いや、具合が悪かっただけだそうだ』
『なんか肌に赤い痕があったって!?』
『えっ!?それって・・・』
『いや、いや、姫様に限ってそれは・・・』
『でも・・・』
尾ひれのついた噂は、何故かシヌに向かっていた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
『なぁ、皆、お前を見てい・・・るんだよな・・・』
『勘違いでしょう』
涼しい顔でテギョンの隣を歩くシヌは、気まずそうだったり、嬉しそうだったり、会釈だけで通り過ぎていく民に微笑みこちらも会釈を返していた。
『姫様のお体を心配しているだけですから気にすることはありません』
路地を抜け、外套を頭に乗せたシヌは、テギョンにもそれを促し、一軒の家の前でノックをした。
辺りを警戒し、やがて開いた扉に吸い込まれるふたりは、後ろを歩く少年に目を細めるテギョンをシヌが気遣い、頭を下げた少年は、駆け出した。
あからさまにほっとした表情のテギョンを鼻先で笑ったシヌが、睨みつけられている。
『・・・なんだっ』
『相変わらず・・・・・・後ろに立たれるのは苦手なのですね・・・』
『うっ、うるさいっ!こ、この暗さのせいだっ!』
焦って、言い訳を並べるテギョンにシヌが、更に笑った。
『だから、姫様を襲われた』
『なっ、ふっ、ふざけた事を言うなっ!あいつが先に剣を抜いたんだっと』
増々焦るテギョンは、しどろもどろで頬を染めた。
『まぁ、姫様の事ですからいつもの様に泉で水浴びでもしていたのでしょうね・・・それをご覧になった貴方は・・・』
訳知り顔のシヌは、ニヤリとして顎を撫で、扉の横に設置された明り取りに手を入れた。
『だっ、だからっ違うと・・・』
『あそこは、街道からは大分離れて、姫様しか知らぬ場所ですのでね・・・迷うのも相変わらずですね』
軋んだ重い音と共に開かれた闇に吸い込まれ、まだ話続けるシヌは、明かりを点けて回り、テギョンも部屋に入った。
『如何(いかが)です・・・』
『こ・・・れは・・・・・・』
壁に掛けられた大きな肖像画を見上げるシヌにテギョンの目が見開かれた。
『レプリカですけどね・・・本物は、城にございます』
覚束ない足で一歩二歩と進むテギョンは、ゴクリと喉を鳴らし、描かれる人物を見上げた。
『本物ですよ・・・紛れもない本物・・・・・・あなたが捜していた物のひとつです』
そう言ったシヌの淋しい笑顔を見ることも無く、絵に向かって震える腕を伸ばしたテギョンの頬は一筋の涙で零らされていたのだった。