早朝の中庭では、剣を奮う者達が、シヌの指導を受けていた。
兵士姿の者もいれば、畑仕事の鍬を足元に置いて奮っている者もいる。
小さな子供も数人、自分より余程重そうな剣を持ち上げようと腰を入れて踏ん張っていた。
そんな光景を柱に寄りかかって見つめるテギョンは、バタバタと後ろを駆け足で通り抜けていく侍女達を訝しそうに眺め、気付いたシヌも水桶を持って遅れてやって来た侍女を呼び止めていた。
『セロム!何かあったのか!?』
名を呼ばれた侍女は、着替えもそこそこなのか前立ての布を腰に回し片手で結んでいた途中らしく慌てた手が片側をテギョンの頭に落とし、つんのめり、駆け寄ったシヌの腕に水桶を取られて倒れ込んだ。
『わっ、シッ、シヌ様すみませんっ』
『いや・・・お前も姫と同じだからな・・・』
『やっ、ひっ姫よりは大分お淑やかですよー!刺繍だってわたしが師匠ですもの!』
『はは、そうだったね・・・で、何かあったの!?』
『あっ、ああ、そうだ!姫っ!』
『ミニョに何か!?』
『ええ、昨夜、ミナム様と戻られてから具合が悪かった様なのですけど・・・』
戻って来た侍女のひとりがシヌの水桶を見止め、慌てて渡したセロムは、テギョンにも謝り、落ちた布を引っ張って結んだ。
『とっ、とにかく、今は、わたしも良く解らないのですっ!急ぎますのでっ失礼しますっ!』
『なんだ!?』
乱された髪を掻き揚げ、背中を見送ったテギョンは、シヌを見た。
『さぁ・・・なんだろう・・・な・・・』
★★★★★☆☆☆★★★★★
『覚えは!?』
『無いです・・・ただ・・・熱かったなぁとは・・・覚えているような・・・』
『熱かった!?』
『火傷みたいにも見えるけど・・・違うよなぁ・・・』
『痛みは!?』
『うーん・・・ヒリヒリは、しますけど・・・』
『昨日の内に付いた傷ですよね・・・』
『どこかでぶつけられたとか!?』
『あーミニョならやりそう!』
『でも、昨夜は何も・・・』
朝からミニョの驚愕に着替えを手伝っていた侍女が悲鳴をあげ、人が集まっていた。
何事だと隣の部屋から出てきたミナムが、薬師とジェルミを呼びに行かせ、肩を露わにして鏡を見つめるミニョの服を捲って更なる悲鳴をあげさせていた。
やって来た薬師にベッドに座らされたミニョは、皆に囲まれて胸の上の痣を見つめ考え込んだ。
『切った様な痕にも見えますけど・・・昨日は何も無かったです・・・』
『ええ、昨日は、なんとも・・・綺麗なお肌でした・・・』
『ぶつけたようにも見えないですしね・・・病で無いなら問題は無いのですが』
ジェルミの声に医師がミニョの痣を見つめて首を振った。
『他の傷から比べれば、多少赤くなっているだけなので、手当の必要は無いように見えますな。昨夜、具合が悪かったそうなので、気にはなりますが・・・今のところ問題は無いでしょう・・・』
様子を見ましょうとミニョに夜着を掛け、ジェルミを振り返った薬師が、頷いた。
『わかりました。まぁ。姫様の事だから覚えてないのも致し方無いですね』
ジェルミの軽口にきょとんとしたミニョは、すぐにぷっくり膨れミナムを睨みつけた。
『オッパがいけないんですっ!騒ぐからー!』
『なっ!俺のせいかよー違うだろうっ!鏡に食いつきそうだったお前が悪いっ!!』
とりとめのない兄妹げんかを始めたふたりの前で、薬師と目配せを交わすジェルミは、世話をする侍女を残して、最初に悲鳴を上げた侍女を呼んでいた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
『わたくしも良くは解らないのです・・・ただ・・・姫が何だろうと仰るので、覗き込みましたら・・・』
ミニョの着替えを手伝っている間に起きた出来事は、侍女の目にもうまく説明出来ない印象で、覚えている事は、下を向いたミニョが、熱いと言った瞬間きらめいた様な光に手を離したミニョの胸に浮かんだ大きな傷、それを見た瞬間あげた悲鳴。
しかし、それも瞬きの間に消え、見間違いかとミニョの肌のほんのり赤い痕を見て、悲鳴に驚いてやってきたミナムがミニョと墓地の話をしながら服を捲ったという内容だ。
『墓地!?って、北の!?祭事場か!?おふたりはそこに行かれたのか!?』
『あ、はい・・・良くは存じませんが・・・そちらで倒れられたとか・・・』
『倒れた!?ミニョ様がか!?』
『あっ、えっとすみませんっ!詳しくは何も存じませんっ!』
ジェルミの顔に怯えた表情の侍女が腰を引いていたのだった。