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『見たことがあるだろう』
微笑む少年は、ミニョをその場に残して少し離れた場所に置かれた踏み台に上った。
垂直に見上げているミニョも後退りをして柱から離れコクンと頷いている。
『広間にあるのは、これの模造品(レプリカ)だ』
『レプリカ!?』
『ああ、これを真似て作られたんだ』
『ふっわぁ・・・綺麗な人ですぅ』
両手を組んだミニョは、うっとり眺め見入っていて、少年は、ポケットから懐中時計を取り出した。
『ふ・・・ん・・・一番良い時だからな・・・』
時計の針が、ひとつまたひとつと進み差し込む光も少しずつ影を伸ばしていた。
『そろそろだな・・・おいっ!チビミニョ!お前そこにいると邪魔だ』
正面を見た少年は、惚けているミニョに向かって時計を持った手を振った。
『むむ・・・うるしゃいですオッパ!それにさっきから何を言っているのでしゅ・・・え』
キランとひとつ、陽の光が少年の持っているガラスに反射した。
次の瞬間、振り返った筈のミニョの姿はそこに無く、茫然と腕を見上げた少年は、物凄い勢いで台から降りて来た。
『おっ、おいっ・・・ミニョ・・・どこだ・・・』
きょろきょろ辺りを見回すがどこにも見当たらない。
驚愕に開かれる目で柱を振り返った少年は、そこにある肖像画を見て更に放心した。
『なっ・・・・・・』
時計と肖像画を交互に見つめ、高窓から零れる陽の光に瞳を細めたのだった。
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『っ痛たたたた・・・』
ドスンバキバキという派手な物音に汲み上げ井戸に桶を放りだした女性が、片裾を摘みながら慌てて駆け寄っていた。
『ひ、姫っ!だ、大丈夫ですかーっ』
腰を抑え、痛そうに摩っているミニョは、苦笑いを零しながら年の近い侍女を見上げた。
『あは、は、ミア・・・光が目に入っちゃった・・・』
片目を閉じて眩しそうに空を見るミニョは、ゆっくり薄目を開けている。
『うぅーん・・・そっちを見るつもりは無かったんだけどなぁ・・・』
開いた目をしばしば瞬いて後ろの木を数度叩いた。
『あ、ああー、姫ってば、まーた、お城を見ていたのですねっ』
グニャリと半分に折れた筒を拾い上げる侍女は、ミニョに手を伸ばした。
『へ・・・あは・・・ミアン・・・だって向こうで炎が・・・』
『だってもさってもありませんっ!ここから見えるという事は向こうからも見えるってことなんですっ』
『うっ、わっ・・・そっ、そうかも知れないけど・・・あそこは今誰・・・』
『居ないかどうかなんて判らないでしょう!』
無遠慮で棘のある声が、生い茂り舞い落りる木の葉を遠くへ飛ばし頭を掠めるそれを払ったミニョは、侍女によって立たされた。
『っとに、もう!自覚が無さすぎます』
『むむ、それを言うならセロムだって!!』
『あ!?私のどこがっ!』
向かい合い、いきり立つミニョとセロムは、額を突き合わせて睨みあったが、大きな嗄(か)れ声が、ふたりを遮り、セロムの肩を掴んで引き剥がした。
『どっちもどっちです!といっても姫様が悪いっ!』
メッと顔を顰めた老婆が、ミニョを見上げて立ちはだかった。
『ばっ、ばぁや・・・・・・』
しまったという顔をしたミニョは、舌を出して慌てて口を抑え老婆を見下ろして小さくなっている。
『はぁあ・・・本当に姫様ときたら・・・世間知らずにも程があります』
大仰な溜息と項垂れて丸くなった背中を見るミニョは、既に爪先が明後日の方を向いている。
『これっ!逃げようとしても無駄です』
コツンとミニョの足に杖をぶつけ、ビシッと立ったミニョを満足そうに見た老婆は、クドクドとお説教を始めたのであった。