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「花見に行かなくてもさくらは、見えるだろ」
そう笑ったヒョンの顔に同意なんて出来るものじゃなくて、口から出た悲鳴は、それが自分の体で、着ている衣装からいつ撮られたのか、ぐるぐる頭の中を回り始めた映像が、目をも回していたからだった。
くらっとした頭に何でヒョンは、こんなものを持っているのとか、これとお花見と何の関係があるのとか、このまま撮影をしたって事なのとか、考えれば考えるほど混乱していく頭にヒョンがブレーキを踏んで怒鳴っている声にも気づけなかった。
「っぶないだろう!大声を出しやがって」
「お、こ、・・・へ・・・こ」
意味不明な言葉が口をついて出たわたしの顔の目の前にヒョンの顔があって、止めそうになって吸い込んだ息を慌てて吐いてむせてしまった。
何を言いたいのか、何を聞きたいのか、とにかく落ち着かなければと思っても咽かえる喉が上手く開かなくて、ケホケホと繰り返していた。
「チッ!落ち着けコ・ミニョ!呼吸をしろ!」
心配そうな顔で背中を擦ってくれるヒョンに言われるまま深呼吸を繰り返し、何度か息を吸って吐いて、ようやく落ち着いた胸に手を当ててヒョンを見れば、にこやかに笑っていた。
「大丈夫か!?」
「あ、は、はい・・・」
「ったく、ただの写真だろう」
手の中に握りこんでいたわたしの携帯を持ち上げたヒョンは、その映像を消して、バスケットに入れようとしたのにくるんとひっくり返すと何故か自分のポケットに入れてしまった。
「しゃっ、写真って、そ、それ、わたし・・・ですよね」
「ああ、撮影の時に撮ったんだ」
「とっ、え、あの、そのまま撮影したって事ですよ・・・ね」
まさか、それは、完璧を求めるヒョンには許せない事だろうと思いながら、おそるおそる聞けば、真顔のヒョンは、何も言わなかった。
「別に支障はなかったからな」
不貞腐れた様な顔のヒョンにもう一度それを見たいわたしは、携帯を返して欲しくて、腕を伸ばしたけれど、行くぞと言ったヒョンがエンジンをかけたので、それも叶わなくなった。
「ヒョンニム・・・携帯を返してください・・・」
「着いたら返してやるよ」
「むー、わたしの携帯です・・・誰かが連絡してきたら困ります・・・」
「あ!?お前に連絡してくる奴なんて限られてるだろう!?」
「そ・・・それは・・・そうですけど・・・」
図星を指されて確かにオッパ以外はあまり電話をしないなぁと考えながらヒョンのポケットを眺めていた。
すぐそこにあるのにヒョンは運転中で、それを邪魔したらきっともっと怒鳴られるなぁと思っていたら、ヒョンが自分の携帯を取り出した。
「暗証番号」
「へ!?」
「番号!覚えているだろう」
「へ・・・あ、ああ 4」
横目で睨んできたヒョンにそれ以上口に出すのは止めて受け取った携帯の暗証番号を解除した。
解除された携帯の画面には、先程と同じ衣装を身に着けた私が映っていた。
「その後ろをよく見て見ろ」
後ろと言われて形態の画面をよくよく見れば、撮影のセットの中に笑っているシヌヒョンとなんだか難しい顔をしたコーディーヌナが映っていた。
「それを撮った後、シヌに怒られた」
「ふぇ!?え、ヒョンがですか!?」
「ああ、シヌの奴笑っているだろう」
「は・・・い」
遠目に映っているシヌヒョンの顔は確かに笑顔でオンニに肩を叩かれて何かを言われている様子で、携帯に近づきながらもっと良く見ようとしていたら、ヒョンニムにまた取り上げられてしまった。
「さくらは、俺だけが見れれば良かったんだけどな・・・失敗だったな」
ニンマリと上がったヒョンの口角に何が言いたいんだろうと思いながら、またぐるぐる回り始めた映像にやっぱり目も回って来て、さくら色した、鎖骨の下の痣は、つまり、桜を見に行く花見に繋がって、お弁当を作って今は、何故かヒョンニムの顔が目の前にある。
「え・・・!?ぁ・・・ヒョ・・・」
「オッパ」
「へっ!?」
「夢でも見たんだろう」
「ゆ・・・め・・・」
夢、夢ですかと聞こうと思って身体を起こそうと思っても力の入らない腕におかしいなと思いながら動かした指先にオッパの指がぶつかった。
「はれ!?」
あれと言おうとした口から出たのは、おかしな発音で、動かした肘に触れる筈のパジャマの感触が無くて、降りてきたオッパの頭に髪の感触とぞわりとした悪寒にも似た感覚が背中から腰に伝わって一瞬、ほんの一瞬止まった思考に硬いものが胸に触れた。
「え、ぁふ」
「うーん、甘くて最高だな」
その痛みとも痺れともいえない感覚に覚えがあって、恐る恐る下を見れば、ゆっくり髪を掻き上げたオッパと視線が合っていた。
「お・・・ッパ・・・何・・・っ」
何をしているのかと聞こうと思ったわたしの唇にオッパの唇が重なった。
「ぁ・・・っ・・・んふ・・・」
「ふ、ミニョ約束しただろう・・・リンは、もう寝てる・・・何も考えるな」
唇から頬へ鼻へ額へキスの雨を触らせてくるオッパに気持ち良いと思ってけれどリンの名前を出されて、昼間の事を思い出した。
「あ、ちょ、っん・・・オオッパ・・・や、本気・・・」
「本気だ・・・お前が、くれたチャンスだからな」
「チャ・・・」
チャンスなんてあげていませんと言おうと思った口は、また塞がれて、口腔に侵入してくる舌に抵抗をする気力も徐々に奪われていた。
「明日の撮影も気にしなくて良いぞ!さくらも一杯咲いちまったしな」
段々と下に降りていくオッパの身体と声と唇に翻弄されながら、昼間リンと二人で食べたチェリーパイの写真をオッパに送り、俺も二つ食べると言ったのを思い出して、少しだけ後悔をした。
けれど、それでも、パイを二つ冷蔵庫に入れてお昼寝もしたわたしは、どこかでこうなる事を予想していたのかもしれないなぁと思いながら、恋をすると女の子は変わるのよと言ったヘイオンニの言葉を思い出していた。
「そう!なら!恋の名前は、ずる賢さです」
「あ!?」
わたしの声に少しだけ身体を離したオッパの首に腕を回しながら、オッパはずるいでしょうと訊ねれば、そうだなと返してくれたとある夜の出来事だった。