パーテーションの向こう側に促されるままに入っていく親子は、手に譜面とギターを持っている。
子供は、5歳くらいだろうか、こういった場面に慣れているのか緊張している感じは、全く見受けられず、元気に返事をしてパーテーションを潜ってきた。
「宜しくお願いします」
1番の子供が挨拶をすると、それを迎えたリンが、ちょこんと頭を下げて手を差し出している。
「お願いしまーす!ギターですね!?」
にっこりと微笑んで、ピアノの前に座ると、課題曲は、どれにしますかと聞いている。
数曲選ばれている課題曲の中から、好きな者を選んでセッションするようにと説明を受けていた親子は、呆けたように見ていたリンから視線を外すと、慌てた様に譜面を取り出しこれでと言った。
「これですね・・・じゃぁ先にどうぞ!」
リンが、子供にギターの演奏を求めるとコクンと頷いた男の子が演奏を始めた。
その後にリンがピアノを重ねていく。
「ふーん・・・」
小さく感想のような呟きを漏らしたリンを見ていた少年が、瞳を動かし触れ合った視線に動揺した。
一曲の短いセッションを終えると椅子から降りてピアノに手を掛け、ありがとうございますとその前で挨拶をしたリンにギターを抱えた男の子は、慌ててありがとうございますと言うと、ボーッとリンを見ている。
首を傾げるリンは、またねーと言って手を振り、それを合図の様に傍らにいたマ・室長がありがとうございますと親子をパーテーションの向こうに戻るように促した。
子供の視線は、リンからなかなか外れない。
母親に促され向こう側に消えて行った。
★★★★★☆☆☆★★★★★
扉を開けたテギョンは、音響室のソファに座るミナムを捉えてやっぱりと言った。
「あっれ、ヒョン!?どうしたの!?」
のんびりテギョンを見るミナムは、それでも僅かに口の端が上がっている。
その態度に何かを感じ取るテギョンは、一気に発火した強い口調でミナムに詰め寄った。
「お前、リンに何を言った!」
テギョンの眉間が、かなり寄ってそこに縦皺がくっきり浮かんでいる。
くるっと瞳を廻すミナムは、上を向くと頭の後ろで手を組んだ。
「へへ、やっぱりバレた!」
「バレたじゃないっ!!何を吹き込んだ!!」
「何も言ってないよ!リンからやりたいけど緊張もするって言うから、ちょっとアドバイスしただけ!」
口笛でも吹きそうな勢いでミナムが、テギョンを見ている。
テギョンは、ギロッとミナムを睨みつけていた。
そこへもう一つ、のーんびりほんわかした声が漏れてきた。
「ほわー!あれってリンですかぁ・・・オッパみたーい」
ミニョが、音響室のガラス窓に手を当てて下を見ている。
その声にテギョンと視線を交わしていたミナムが、応えた。
「そうだろ!!でも、俺って事は、お前って事だぜ!」
視線を外す事無くミナムが、ミニョに言うとフイッと視線を逸らしたテギョンが、ツカツカミニョの隣に立ち会場を見下ろしている。
4Fは、5Fまでの吹き抜け構造になっている為、この音響室から全てを見渡す事が出来た。
広いホールの中は、待合スペースとオーデイション会場という形にパーテーションによって区切られており、子供達の審査場所として誂(あつら)えられたスペースに大きなグランドピアノが置かれている。
その前に座っているリンは、後姿だったが、前に立っている子供の演奏が終ったらしく、くるっとこちらを振り返って頭を下げていた。
その姿を見たテギョンの目が、ゆっくり、大きく、見開かれていく。
「なっ・・・」
二の句が告げないほど絶句したテギョンは、ゴクッと喉を鳴らした。
「どうよ!?」
ミナムが、のんびりテギョンに感想を求めている。
ミニョは、口角をあげてテギョンの袖を引っ張った。
「オッパ凄いですよ!ミナムオッパにそっくり!!」
ミニョは、嬉しそうにテギョンの顔を見たが、その表情に固まっている。
下を向いたままのテギョンは、嬉しそうに喜んでいるミニョに瞳だけを左に寄せて睨んでいた。
「・・・・・・・・・す・・みません・・・」
ミニョが、首を竦めて小さくなっていく。
「なーんだよ!リンてば、可愛いいだろう!!」
ミナムが、後ろから声を掛けるとギッと鋭い視線で振り返ったテギョンの目が据わっている。
「なんだよーその顔!!」
「・・・・・・あ・れ・は・何だ!!?」
ガラスを指差してテギョンがミナムに聞いている。
怒りが沸点に達している様で、呻るような低い声だ。
「何ってリンのお願いを聞いただけだぜ!」
のんびりした返事が返ってくる。
「あれがお願いだって言うのか!!!!」
「何を怒ってんのか知らないけど、別にいつも通りだろ!!」
「おまっ・・・何が・・・」
わなわなと震える拳を握るテギョンは、怒りの持って行き場が無いのかミナムを睨みつけたままだ。
「可愛いだろ!いつも通り!!」
ニヤニヤしているミナムは、テギョンを見ている。
「可愛いとかの問題じゃないだろ!!何をさせてるんだ!!」
発表会と聞いていたから、オーデションを受けに来た子供に課題曲でも模範演奏をして終るのだと思っていたテギョンは、明らかに審査に係わっているリンに驚愕と共に戸惑っていた。
まして、その姿がいつものリンなのだが、明らかに変装というか、造った姿でそこに座っている。
「ヒョンさぁ・・・リンが、凄い緊張する性格だと思ってるでしょ!」
ミナムが、唐突に言った。
一呼吸おいて、瞳を左右に動かしたテギョンは、胸に手を当てながらそうだろと冷静に返したが、ミナムは笑っている。
「あいつって確かに多少の緊張は、するみたいだけど、どっちかというとヒョンのファンが嫌みたいだぜ!」
テギョンが目を細めた。
「ここへ来る時って、ヒョンのファンの前を通ってくるんだろ!」
「ああ」
ミナムは、ソファに前屈みになると膝に腕を乗せて上目遣いでミニョを見ている。
「ああいう女の集団が苦手なのであって、別に緊張してる訳じゃないぜリンは」
「どういうことだ!?」
テギョンが背筋を伸ばすと、腕を組んでミナムを見下ろし、首を傾げた。
「だってさー!あいつのオンマってミニョだぜ!ぽわーんとしてるだろ!」
ミナムの遠慮の無い評価がミニョに向けられると、ミニョは、口元に手をあてて恥ずかしそうにオタオタし始め、テギョンは、チラッとそちらを見ると呆れたように首を振っている。
「ああいうのの前だと平気だって事か!?」
「ヒョンもああいうのが好きでしょ!」
ミナムが揄うような事を言ったが、そこは無視された。
「今回のオーデションが、男だけってリンは知ってたのか!?」
「知ってたよ!もちろん!!だから、引き受けたんだよ!」
ミナムがソファから立ち上がるとガラス窓に近寄り、ミニョの前に立つとああいうのも良いだろと言っている。
「ええ、普段とは違ってとっても可愛く見えますね!」
ミニョが嬉しそうに答えると、テギョンがチッと舌打ちをした。
「あいつが、可愛いのは判ってる!口元はミニョにそっくりだからな!けど、あの格好じゃ、バレるだろ!!」
なんでとミナムが下を見たまま聞いている。
「お前、あの周りを見ろよ!ミニョの写真があんなに飾ってあるんだぞ!」
テギョンもガラス窓に近づき下を指差し、くるっと後ろを振り返ったミナムは、腕を組んで人差し指を突き出すとニヤニヤし始める。
「さーてヒョン!ここで問題です!何故マ・室長が一緒に行ったのでしょうか!?」