ステージの設営監督と話をしているシヌを呼んだテギョンは、丸めた紙を大きく振って合図を送っていた。
「ああ、すぐ行く!」
ステージ前のシヌは、同じ仕種で返事を返し、頭を下げて駆け出ている。
「ここの照明は・・・」
機材を運び込むスタッフ達の真ん中で、シヌとテギョンも忙しく動き回り、次々指示を出しては確認を繰り返し、早朝から澱みなく進められ、ステージの形も整い始めていた。
「いよいよだな」
「ああ、思ったより大掛かりになった」
「子供達は!?大丈夫なのか!?」
会場全体を見回すシヌにテギョンは、正面のステージを指差した。
「明日一日、あそこに立たせて・・・見る」
「リハーサルか」
「ああ、俺達にしても毎回景色が変わるだろう・・・緊張感も違う・・・」
「テギョン!?・・・お前・・・もしかして・・・」
黙ってしまったテギョンを振り返ったシヌは、口と腹を抑えた姿に少し考えて口を開けた。
「な、んだよ・・・」
見つめられ顔をあげたテギョンは、シヌの口元を見つめ唇を突き出している。
「緊張してるのお前!?」
「ぁ゛あ!?」
「腹・・・痛いのか!?」
向けられた指に目を細め、開きかけた口を慌てて抑えた。
「うっ、い、や・・・吐、くかも・・・」
腹を抑えたまま背中を丸めたテギョンの前のミーティングテーブルに腰を乗せたシヌは、座っているテギョンを見下ろしている。
「おいおい・・・・・・ああ、リンが心配か」
介抱する訳でも無いシヌは、舌打ちをしたテギョンを笑った。
「三人いるんだから、平等に見てやれよ、リン一人でやる訳じゃないんだから」
「チッ、お前は、他人事だからな!」
「はは、仕方ない、俺の子じゃないから、その気持ちまでは、解らないな」
軽く笑って両手を上げジェスチャーをしたシヌを睨むテギョンは、口を抑えたまま舌打ちをしている。
「うー、自分の事ならな・・・何とでもなるけど・・・リンが相手じゃそうもいかん」
空嘔吐を嚥下したテギョンは、拳で口を擦りあげ、大きく息を吐いた。
「もう一人は、どうなんだ」
テーブルの進行表に書かれた名前を指差したシヌにテギョンは前を向いたまま答えている。
「あいつの心配は、してない、経験もあるからな」
「ミニョは、お前のフォローもバッチリだしな」
「あいつに心配があるとしたら・・・」
腰に手をあて、深呼吸を繰り返したテギョンは、紙を持ち上げ、顔をあげたシヌと目を合わせ、指を出した。
「リンを見過ぎて、自分の事が吹っ飛びそうだ」
「そうだ!俺以上にリンの心配をし過ぎて段取りを忘れそうな事だっ!」
シヌも指を出し、同時に互いを見据えている。
「考えてるほど大変じゃないと思うけどな」
「シィーヌー!」
先に視線を逸らしたシヌにバンとテーブルを叩いたテギョンは、面白くなさそうに突き出した唇を動かし、横目のシヌは、鼻で笑った。
「はいはい、俺も精一杯フォローしてやるよ、あまり心配をするな!お前に倒れられるのが、一番困るんだ」
「うっ、まじで、何とかしないと・・・倒れそ・・・」
「ファン・テギョン!ステージに立って見てくれー!」
腹を抑えなおし脱力して椅子に座りかけたテギョンは、慌てて腰を浮かせている。
「あ、はい!今、行きますっ!」
前を見据えるシヌによろよろテーブルを回ったテギョンは、歩きながら首だけ後ろに向け指を鳴らした。
「シヌ、悪いが、午後からの練習を頼む!俺、この後取材に行ってくる」
「ああ、判った」
紙に落していた視線をあげたシヌは、テーブルを軽くジャンプして降りている。
「『約束』は仕上がってるから、ファン・ギョンセの曲を中心に見てやってくれ」
「ああ・・・そういえば、タイトルは!?無いのか!?」
「そっちも『ヤクソク』なんだっ」
「へぇー」
手を振るテギョンの遠ざかる背中を笑いながら見つめていたシヌだった。
★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★
「ねージェルーミー、ドラム叩いてよー」
座った背中に負ぶさったリンは、嫌がる素振りのジェルミの首を絞めていた。
「だーめだって!ユソンがドラムを叩くって決めただろう」
竦ませた首を何度も振っているジェルミは、リンの両手を捜して腕を握っている。
「ユソンヒョンもギターが良いのー」
「勝手に変えるとヒョンに怒られるだろう」
「僕、歌うんだもん・・・ギターがいなーいのー」
「何を言ってるんだっ、ギターと歌の両方をやるんだろう!?」
「ユソンヒョンの方が上手だもん」
「あのなー、リン!上手い下手じ・・・」
リンの手を掴んで後ろを振り向いたジェルミは、目を閉じた顔に首を傾げた。
「あれ・・・どうしたお前!?」
ぎゅーっと目を瞑っているリンの顔を覗きこんだジェルミは、握っていた手を反している。
「リン、ギター弾きたくないのかー!?」
ピアノを弾いていたジュンシンが、音を止め向きを変えリンも振り返った。
「弾きたくないんじゃないもん・・・」
「リン・・・お前」
反した手を見つめたジェルミは、真っ赤になった掌に目を見開いている。
「痛くって動かないんだもんっ」
「まっじかよー・・・いつだ!?」
「いま・・・」
リンの手にそっと触れたジェルミは、指先の小さな肉刺を凝視した。
「わー、それじゃ弾くのは、無理だなぁ」
「ジェルミssi、叩いてください」
駆け寄って来たジュンシンとユソンもリンの手を覗きこみ、痛そうに顔を背けている。
「あー、わかった!でも、手当をしてからだ!小さい傷だからって放っておくのは駄目だ」
「う・・・ん」
「痛いか!?」
「ちょっとだけ・・・」
尖らせた唇で頷くリンの頭を撫でたジェルミは立ち上がり、テーブルを探った。
「ヒョンに言わないとな」
「出れなくなっちゃう!?」
「それは、無い、お前達の出演はもう決定なの、だから、ちゃんと弾ける様にテーピングもしてやる」
白いテープを取り出して振って見せたたジェルミに顔をあげたリンは、抱きつこうとして指を引っ込めている。
「ありがとージェルミー」
「喜ぶのは、リハーサルが終わってからだ」
にほんブログ村