「ありがとう、後はこちらでやるよ」
「畏まりました・・・またね」
恭しく頭を下げたウェイターは、お腹に添えた手を小さく動かし、小声で、リンと挨拶を交わして去って行った。
「また、沢山頼んだね・・・」
ワゴンを引き受けたギョンセは、トレーの数に目を瞠っている。
「アッパが、ハラボジにご飯ちゃんと食べさせろって言ったもん、コンサート前は、外食ばっかりで、独りだとお酒のつまみばっかり食べてるんだからって言ってたよー」
「は、は、リンは、お目付けだったか・・・」
ワゴンに手を掛けたリンは、押し始めたが、重さに悪戦苦闘していて、片目を閉じて、苦い顔をしたギョンセは、リンの後ろからワゴンを押した。
「ご飯来たよー」
リンの嬉しそうな声に立ち上がったユンギが、ギョンセからトレーを受け取っている。
「随分、多いな・・・」
テーブルに並ぶ皿に目を丸くしたヒジュンも立ちあがった。
「ヒジュンハラボジもちゃんと食べてねー、ハルモニいないから、外食ばっかりでしょう」
「これだって、外食だろう・・・それに夜はそんなに食うもんじゃない」
呆れた苦笑顔で、お腹を触ったヒジュンに首を傾げたリンは、隣の部屋に駆け出している。
「つまみも酒もちゃんとありますね・・・バランスも・・・考えてあるのかな!?」
「リンの好きな物は、この皿か!?」
ドームトレーに乗せられた一口大のケーキを摘んだヒジュンは、大きな声に阻まれた。
「それ僕のっ!」
「ふん、お前もちゃんと食え」
「食べるもんっ」
ヒジュンの口に消えたケーキに不満そうな顔を向けたリンは、ギョンセに紙を差し出し、ソファに座っている。
「何だい!?」
「アッパがくれたー」
「・・・レストランのメニュー表じゃないか・・・頼み方!?」
テーブルに皿を並べているユンギは、ヒジュンに酒を渡し、グラスを持って座った。
「リンは、フレッシュジュース!?」
「うん!ハラボジもー」
「え、ギョンセssiは、飲みますよね!?」
ワインを開けているユンギは、ギョンセを見上げている。
「ああ、わたしもワインで良いよ・・・テギョンめ・・・」
「何ですか!?」
「リン・・・テギョンになんて言われてこれを貰ったんだい!?」
ヒラヒラ紙を泳がせたギョンセは、リンの隣に座った。
「ハラボジに練習見て貰うのは、すっごい贅沢だから、礼だって言ってたよー」
「それで、テギョンの名前で頼んだの!?」
「うん、後で、アッパが、払うから好きなもの食べて来いってー」
ジュースを貰ったリンは、素早くゴクゴク飲んでいる。
「テギョンですか!?」
「そういう事みたいだ・・・ビンテージの酒だろう!?」
アイスペールからボトルを出したユンギは、回転させてラベルを見た。
「そうですね」
「メッセージ付だよ・・・」
きょとんとしているヒジュンに紙を渡したギョンセは、頭を抱えている。
「何々!?老体に鞭打って出演してくださるのですから、お礼で、すぅ」
「ふつーのメッセージですね」
「まずは、明日のコンサートのご成功をお祈りしてます・・・・・・だと」
グラスにワインを注いだユンギは、ヒジュンとギョンセに渡した。
「ハラボジー、パン取ってー」
フォークを片手に忙しく食事を始めたリンは、三人の笑いを誘っている。
「ああ、そうだ、これ、俺が貰って良いんですか!?」
「ソンジンの残した物だから君が正当な持ち主だよ」
ヒジュンにカードを返され、グラスを上げたギョンセは、リンに睨まれながら、涼しい顔で口を付け、脇に置いた封筒を持ち上げたユンギは、数枚を取り出した。
「ふーん・・・よく見ると面白いですね・・・これ」
「そうだろう、ソンジンは、そんな物を一杯書いてたよ」
「片手間でも出来なかったんですかね」
「お前がやってるからか!?」
グラスを置いたヒジュンもフォークに野菜を刺している。
「ええ、これだけのものが書けるなら、出来ない事ないんじゃ・・・」
「そうだな・・・趣味でも続けてくれれば、俺専属の作曲家だったかもな」
「それじゃぁ、ソンベの伝説も無いですね」
皮肉の籠った楽しそうな笑い声で顔をあげたユンギは、真剣な表情で俯いているヒジュンに首を傾げた。
「ミンジのせい・・・なのか・・・な・・・」
「「!?」」
訝しげに目を細めたユンギとギョンセに溜息を吐いたヒジュンは、グラスを置いている。
「・・・・・・・・・噂をな、聞いた事があるんだ・・・協会から締め出されたと・・・送られた譜面が原因らしい・・・・・・とな、真相は解らないが・・・その譜面・・・協会に送られた曲の一部じゃぁないかと思うんだよなぁ」
「何か、気になる事が、あるのか!?」
空になったグラスにギョンセが酒を注ぎ足した。
「んー、ずっと考えていたんだが、リズム譜だろう・・・コンクールの課題は、新曲の提出だろう!?」
「ああ、でも、ソンジンの曲を聞いた訳じゃないから、これが一部かどうかは・・・」
「ミンジが送った譜面ってのは、俺も見たことがないんだが、あいつ、この話にかなり積極的だったんだよなぁ・・・ソンジンの譜面はいずれ、ユンギに渡すってのは、ミンジも知っていたし・・・・・・償いってのは、あのお嬢ちゃんが会いに来たから、ユンギに結婚を進めやすくなった事だと思っていたんだが、違うのかもな・・・」
リンの前に置かれた皿を入れ替えるギョンセは、忙しそうに手を動かしている。
「お嬢ちゃんって!?」
「あ、ああ、何だっけお前んとこのボーカル」
「ミ、ナですか!?」
「そうそう、そのお嬢ちゃん、ミンジに会いに来たんだ・・・啖呵切って帰って行った」
「いっ!?」
口に入れた野菜を落しそうになったユンギを見上げていたリンは、皿を見た。
「お前が、アメリカに行く前だな・・・スペード再開の少し前だ」
「な・・・」
「ああ、そうか、お前、聞いていないのか・・・お前を口説きに来たから邪魔をするなとミンジに挨拶に来たんだ・・・そのすぐ後にお前が活動を再開させたんで、俺もミンジもお前の恋にやっと区切りが付いたと思っていたんだ」
唖然としたユンギに淡々と語るヒジュンは、ギョンセの差し出したボトルにグラスを傾け、黙々と食事をしているリンは、フォークを置こうとしたユンギの手元から皿を引いている。
「償うべき相手は、お前と女だと思っていたんだが、お前とソンジンなのかなと・・・今回の件で、ギョンセからお前に譜面が返って・・・ミンジが渡したいものっていうのも、もしかしたら・・・と、思ったのさ」
「もしかしたら、壮大な曲でも出てくるのか」
「ふっ、さぁな・・・それを確かめるのは、ユンギだな」
場所を奪われたユンギは、目を細めて隣の皿にフォークを置いた。
「数字とか印が付いてる物もあったけど、それで曲は出来なかったなぁ、古典でも出てくるなら、それは、ちょっと面白いけど・・・」
「あいつは、古典音楽を得意としてたからな」
「オモニが持っていると!?」
「だから、それが、解らない・・・ミンジが、何であんなに乗り気だったのかが気になるだけさ」
ユンギの手元から取り上げた皿を綺麗にしてしまったリンは、ヒジュンの前を指差している。
「はは、でも、もし、そうなら、あいつらしい曲になるかもね」
天井を見上げているヒジュンに気づかれないリンは、尖った唇でギョンセの袖を引いた。
「聞いてみたいよな!それこそ、ソンジンの葬送じゃぁないか」
「葬送か・・・・・・あいつ、どうしたかったんだろうなぁ」
皿を持ち上げたギョンセから笑顔で受け取ったリンは、また黙々と食事を続け、沈黙のなか、トンと膝を叩いたヒジュンは、ユンギに向き直り、ソファを横ずれしている。
「忘れていたぞっ!ユンギ、お前、没にしたやつも譜面に起こしたんだってな!それ持って来い!俺のパートに使わせろっ」
「は!?え!?何ですっ!?いきなりっ」
瞬きをしているユンギは、アイスペールから取り出したボトルを慌てて抑えた。
「ガキってのは、他人の真似をしたくなるらしい・・・お前んとこも面白そうだと家探しをしたらしいからな」
「はっ!?えっ!?なっ・・・に!?何の話!?」
ニヤリと笑ったヒジュンは、滴る水をタオルで抑えて、ユンギからボトルを攫った。
「お前が、ゴミ箱に捨ててた曲を拾って、暇だから弾いているんだと・・・俺もやられた」
「はぁぁ!?」
ストンと半立ちの腰をソファに落したユンギは、ヒジュンを見つめ、はっとした表情でリンを見ている。
「リン・・・そんな事をしてるの!?」
ギョンセもリンを見下ろした。
「うん・・・アッパのスタジオ探すとひみつが一杯あって面白いんだもんっ」
「テギョンに怒られないかい!?」
「う、ぅうんー、そーっとやってるよっ、アッパ、しんけいしつだからっ」
口に入れたパスタを噛み砕いて返事をしたリンは、ギョンセを見上げている。
「はは、そうか、見つかったら大変だね」
「アッパは知ってるみたーい、でも、何も言わないから良いのっ、言われたら止めるー」
ナプキンで口元を拭かれたリンは、ギョンセの差し出したグラスを受け取った。
「俺、直、言おう・・・」
笑顔のリンに溜息を吐いたユンギは、手を組んで前屈みに沈みこんでいた。
★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★
「それが理由!?」
「ええ、アボニムが、お話してくださったのは・・・」
パタンと本を閉じたテギョンの脇に身体を滑り込ませたミニョは、顔半分覆うほど掛け布団を引き上げた。
「ふーん・・・三十年前の約束ね・・・」
大判のコットンタオル一枚を掛けていたテギョンは、エアコンを切っている。
「アボニムのライバルだったそうです!オッパと同じだねって仰ってましたよ」
「あ!?俺とユンギがライバル!?」
「そうですよね!?」
モゾモゾ動いて、テギョンに向き直ったミニョは、目の前の太腿に頭を乗せた。
「ミュージシャンって部分では、そうかもしれないけど・・・ギターは、あいつの方が上手いぞ・・・それにシヌもいる」
ミニョの髪を掻き上げたテギョンは、耳を引っ張っている。
「ぁんでも、素敵じゃないですか!曲を書いたのはアボニムです・・・オッパとアボニムの共演だけでも贅沢なのに・・・リンも演奏させて貰えるなんて・・・」
耳の中に指を突っ込まれたミニョは、擽ったそうに笑った。
「・・・・・・お前・・・結構楽しみにしてたりするのか!?」
「へへ、それは、勿論っ!」
ミニョの笑っている頭を下ろしたテギョンは、ベッドサイドに腕を伸ばしている。
「オッパとアボニムですよー、ジャンルが違うから見れる機会は無いと思っていたんですっ」
「リビングで幾らでも見られる光景だろう・・・」
「む、それは、オッパがピアノ弾いて、アボニムがリズム取ってる事もありますけど・・・ステージで演奏をするのは、初めてじゃないですかぁ!花束贈呈も行ってくれないし・・・」
暗くなっていく電気を見ていたミニョは、ころんと横を向いた。
「あ、そうだ、明日も断ったでしょう」
「ああ、後で楽屋に行けば良い」
寝ころんだテギョンは、布団に包まっているミニョを訝しげに見ている。
「私、行きますっ」
「は!?」
「わたしも復帰したし、コンサートにも出て頂くので、花束っお渡ししますっ!」
「は!?何でお前が!?」
肘で上半身を起こしたテギョンは、丸まっているミニョの肩を捜して引いた。
「一曲歌いますっ」
「は!?ぁぁぁぁん!?」
「今日、アボニムとお約束しました!『マルドオプシ』歌ってきますっ」
「なっ、な、な、何を言ってるんだお前っ!?」
ベッドに座り直したテギョンは、丸まっているミニョを見下ろしている。
「あ、でも、これ、お仕事ではないので、許可はいらないですっ、会場も狭いし、お客様は、三百人だそうですけど、肩慣らしには、丁度良いだろうってアボニムが仰ってましたから」
「なっんだとーっ!」
「ふっふっ、明日、楽しみですねー」
「おっ、おまっ・・・」
パクパク口を開けたテギョンは、ミニョを布団ごとひっくり返した。
「オッパ、早く寝ましょう!リンもお迎えに行かなくちゃいけないので、忙しいですっ」
布団から半分顔を出しているミニョは、笑った目でテギョンを見つめている。
「ボイトレも碌にしてないのにっそんなの通るかっ!事務所を通せっ!」
笑いながら布団を離さないミニョをテギョンが跨いだ。
「ミナムみたいなことをするなー!!!!」
ミニョに覆い被さったまま、どうにか布団を剥がそうと頑張っているテギョンの夜だった。
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