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SPGLOBEの社員食堂で、新聞片手にコーヒーを飲んでいるヒジュンにユンギが廊下から声を掛けたのは、昼過ぎの事だった。
「ソンベ(先輩)いつ、お帰りに!?」
暫く姿を見せなかったユソンとヒジュンにアメリカに行くと聞いていたユンギは、驚いた表情を浮かべて、カフェテリアに入っている。
「出来たのか!?」
ユンギの質問には答えず、テーブルに置かれた携帯電話を持ち上げたヒジュンは、昨日の日付を指差した。
「何です!?突然ですね」
「作ってるんだろう」
「・・・ソンベにそのままお返しします!出来たんですか!?」
「ふっ、俺は、お前みたいに思い付きじゃないからな」
準備をしてたのかと僅かに目を見開いたユンギは、横の椅子を指差したヒジュンの前を通り抜け、従業員に手を上げている。
「思いつきじゃないって・・・テギョンに興味を持ったのは、ここでリンの歌を聞いたからじゃないんですか・・・」
カタンと椅子を引きながら、近づいてきた従業員に自分のコーヒーとヒジュンのカップを覘いてお替りをと指差したユンギは、頷いたボーイの後姿を見送って、椅子に深く座り直した。
「ファン・テギョンに興味を持ったのは、そうだな・・・面白い子供を見せてくれたからな・・・あれの父親なら、会ってみたいと思ったさ」
「それだけじゃぁなかったんですか」
「ふ、あのバンドな」
カサッと音をたてて、新聞を折り畳んだヒジュンは、テーブルに置くと体の向きを変えている。
「子供バンドですか!?」
「そうだ・・・あの三人でバンドをやる事に意味がある」
「どういうことです!?」
運ばれてきたコーヒーにポットから注がれる液体を眺めているヒジュンは、白い湯気を見つめて口角をあげた。
「お前には、特別に種明かしをしてやろう」
熱い液体の注がれたカップを持ち上げ、香りを楽しみながら口をつけたヒジュンは、そのカップ越しにユンギを見つめ、カチャンと音をさせてソーサーに戻している。
「お前、今、また音楽に携わって、楽しいか!?」
「な・・・・・・んです・・・」
脈絡の無い質問に持ち上げたカップを戻したユンギは、怪訝な表情を浮かべてヒジュンを凝視した。
「お前、この会社・・・お前の親父がどういう思いで作ったか知らないだろう」
「・・・・・・・・・知らなくても結構です」
「ふふ、お前の反発が、あいつの原動力でもあったさ」
剥れたユンギの顔にニヤリと笑ったヒジュンは、若いなと呟くと自分で考えろと言い直して、小さく微笑んでいる。
「ふ、では、一つ、教えてやろう・・・お前の親父と俺とギョンセ・・・この三人は大学の同期だ・・・学生時代にお前と同じ様にバンドを組んでた」
「えっ、なっ・・・・・・はっ!?つ耳・・・親父・・・も」
「ああ、俺とギョンセは、音楽に携わって・・・お前の親父は、会社を興し、音楽からは、離れた・・・」
「あっ、えっ、まっ、さか」
カフェテリアの向かいの教室では、子供たちが、大きな口を開けて合唱をしていて、そちらを視界に入れたユンギは、驚きの表情でヒジュンに視線を戻した。
「ふ、勘が良いな」
「俺も嵌めたんですかぁ!!」
立ち上がりそうな勢いで、大きな声を出したユンギに周りを見回したヒジュンは、従業員以外誰もいない事を確認して頷いている。
「まぁ、そう、怒るな・・・ファン・テギョンに興味が無かったのは本当だ!まぁ、しかし、ギョンセの息子って奴に興味はあった・・・その孫にもな」
「ソンベ!!」
「だから、興奮するな・・・お前にだけ種を明かしてやるから」
「そういう問題じゃありません!!それって、それってぇ・・・」
背筋を伸ばして椅子に浅く座り直したユンギにカフェテリアの従業員が、不思議なものでも見る表情で、何事かと首を傾げ、ユンギは、そちらに気付いて小さく舌打をすると声のトーンを落とした。
「ここで、ファン・リンに会ったのは偶然だぞ・・・そもそもオーディションは、お前が持ってきた話だ」
「そ、そ、そうですけどぉ!!知っていたんですねー!!」
どもりながら、ヒジュンに抗議口調で話すユンギは、興奮を抑える為に胸に手を当て、極力小さな声を発しているが、深呼吸もままならない状態で、何度も唾を飲み込んでいる。
「知るか!選考をするのが、リンだと言ったのは、お前だ」
「そうですけどね、ユソンが出れば選ばれるって思っていたんでしょう!」
「そんなの解る訳がないだろう・・・ギョンセの感性に近ければ、もしかしたらと思っていたが、親子揃ってそんな近い感性を持っているとは、限らないだろう!大体、ファン・テギョンの感性は、全く違うものだぞ!!!」
ユンギの不満そうな口調にヒジュンも次第に興奮した様子で、少し声を荒げた。
「テ、ギョン・・・ですか」
目を丸くしたユンギが、スッと僅かに背筋を伸ばしたのを合図に二人の距離が僅かに離れると、深呼吸をして、互いの顔を見つめている。
「ああ・・・あれの感性は、また違う・・・だから、興味が沸いた・・・それに大きく関わっているだろうコ・ミニョにもな」
「どういうことです!?」
静かに息を吐き出したユンギは、コーヒーカップを手に取り、一口口をつけて、温くなったそれに顔を顰めた。
「だからな・・・お前、コ・ミニョの曲を作っているんだろう」
「えっ!?ああ、はい・・・」
「ふ、それは、出来たのか!?」
これが、本題とばかりにニヤニヤしているヒジュンの顔に訝しげな表情を向けたユンギは、警戒を表しながらも答えている。
「まぁ、大筋は・・・出来ていますが・・・まだ少し納得が・・・」
「ファン・テギョンは、莫大な曲を持っているのを知っているか!?」
「何ですか!?」
ころころと変わるヒジュンの問に目を白黒させているユンギは、大きな溜息を吐いて、頭を振り、それに大きな声で笑ったヒジュンは、ユンギの肩に手を伸ばした。
「コ・ミニョに宛てた莫大な曲のラブレターがあるそうだ」
「それが・・・」
ぽんぽんと慰められる様に肩を叩かれたユンギは、ヒジュンの顔を見つめ、変化の激しい話題に勘弁してくださいと瞳を閉じている。
「お前の頭は、空っぽか!ファン・テギョンを納得させなければ、コ・ミニョに歌わせるのは、不可能だぞ」
そう告げられなかったかと訊ねたヒジュンに苦笑いを零すユンギは、そう、でしたねと独りごちて頷いた。
「つまり、ライバルは、その莫大なラブレターなんだよ」
パサッと新聞を手にしたヒジュンは、隣の椅子に手を伸ばすと、そこに置いていた封筒を手にし、ユンギに渡した。
「俺の曲の複製だ・・・来週レコーディングをするつもりでいる」
「えっ!?・・・何で、俺・・・」
「来週までに覚えて来い!」
「はっ!?えっ、ちょ・・・なっ、何です!!ソンベッ」
じゃぁなと手を上げたヒジュンは、カフェテリアを後にし、残されたユンギは、手の中の封筒を見つめ、ただ、ただ呆然とそこに立ち尽くしているのだった。
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