「コ・ミニョssi~入りまーす!」
ミニョの後ろを付いて歩くジョンアとワンに、長い裾を持ち上げられて、まるでウェデイングドレスの様な白いワンピースドレスに身を包むミニョは、器材の立ち並ぶ間を抜けて、スタッフに頭を下げ挨拶をしながら、撮影所に入ってきた。
海をコンセプトに新商品の口紅のCMを撮影する為のセットは、とある施設を丸ごと借り切っての撮影で、天候に左右されない屋内施設に、南の島のビーチがそのまま再現されていて、砂浜も海も遠く拡がる空迄も表現され、ここが室内であることを忘れてしまう程、忠実に再現されたリゾート施設だった。
「ね、凄いわね・・・」
ワンがミニョを椅子に座らせてメイクの最終チェックをしながら周りを見回して感嘆の声を漏らしている。
「ええ、本当に南の島みたいです」
「本物でって言われたんでしょ」
「ええ、でも、オッパもお忙しいので、国外に出るのはちょっと・・・」
憂えた顔でテギョンに頼んだ仕事を後悔しているのかミニョは、半笑いでワンに答えた。
「他のモデルさんなら良かったのにね」
「ふふ、それは、そうなんですけど・・・」
貰ったコンセプトの内容が、『男性を虜にする唇』という風に変えられていた。
テギョンが、そもそも契約の時に聞いていたコンセプトとは、微妙に内容が変えられていて、契約違反だと訴えればそれも通った筈の仕事だった。
モデルを起用するという話は事前に無く、それを了承する代わりに、ミニョ自身がモデルを選択するという事で合意した。
「元々私だけってコンセプトだったですからね」
「ふーん・・・何故かしら」
「さぁ、企画の責任者って社長さんだったんですよ」
「社長、自らなの!」
「ええ、打ち合わせをさせていただきました・・・なんか、見覚えのある方なんですけど・・・」
「知り合いなの!?」
「いえ、覚えてないのですが・・・」
曖昧に口にするミニョにワンがふふと笑った。
「あんたぼーっとしてるからね!前に仕事をしてるのに忘れてるだけとか、でしょ」
「そうですかねー」
お化粧用のパフで顔を叩かれながら、ジョンアが、粉を軽く落として、ミニョの目元をティッシュで拭くと上を見上げてワンに確認をしている。
「これで、良いですか!?」
「ええ、完璧!綺麗だわ!流石ね」
「ありがとうございます」
「このドレスのチョイスも素晴らしいと思うわ!これが水に濡れるときっと、身体に張り付いて素敵よ!」
ワンは、ミニョの腰に結ばれた大きなリボンのだらりと落とされた長い先端を手にとってレースで編まれた模様を見つめている。
「張り付くのですかぁ」
ミニョは、胸の上に手を置いて、手のひらに収まるそこを気にして、俯いて、情けない声を出した。
「ふふ、あんたは、黙って顔を作りなさい!」
「・・・はい」
「髪は・・・流したままで・・・」
ミニョの髪に触れたジョンアが訊ねると頷くだけの返事が返る。
「ええ、水からあがったら、掻き揚げるのよ!こんな風に・・・」
こんな感じと自分の髪を掻き揚げてみせるワンは、腰に手を添えて、モデルの様にポーズを決めてみせ、その悩殺するようなポーズに少し怯んだ表情のミニョは、ジョンアに渡されたペットボトルを口に含んで背中を引いている。
「うっ、出来るでしょうか・・・」
「出来る!やるのよ!復帰決めたのあんたなんだから!!」
「・・・そうでした・・・」
「ふふ、あんたって、本当に変わらなくって良いわ~可愛いわよ!」
ワンは、ミニョの髪に触れ、前髪を直して、額を小突いた。
「はい!頑張ります!」
ミニョが、両手の拳を握って見せると丁度入り口の辺りが少しざわめき始めて、テギョンssi~入られますという声が聞こえてきた。
「あっ、オッパ、いらっしゃったんですね」
「ふふ、早く見てもらいたいでしょ」
ドアからこちらに歩いてくるであろうテギョンの周りからは、やはり女性の溜息が聞こえ、何年たっても変わらない人気にそれを久しぶりに聞くミニョは、少しだけ複雑な表情を浮かべている。
「あっ、だめです!笑って!」
歪められる顔にジョンアが、すかさず苦言を呈した。
「どうだ!?」
「どう!?」
「ふん、良いんじゃないか」
「なに・・・感動の無い男ね!」
「煩い!散々見たからな!こいつのこんな姿が初めてな訳じゃなし!」
「それでも綺麗ね、の一言くらいあったって良いじゃない!」
「ふん!」
「良いです!コーディオンニ!照れてるだけですから!」
「あら、そうなの・・・」
クスクス笑う皆の前で、ミニョを睨みつけたテギョンは、笑顔に何も言わず唇を尖らせた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
撮影監督とアシスタントが、撮影内容を打ち合わせする為にミニョの前に立つと、まずテギョンに挨拶をしてから説明が始まった。
「まず、コ・ミニョssiが、水中から上がってきます!ここで、眩しそうに太陽を見てください!」
太陽と言っても、光を強められたライトで、そちらを見る様にと説明が為される。
「ビーチパラソルの下のテギョンssiに近寄って」
テギョンの役割は、横になっているだけのモデルで、ミニョが、近寄っていく事にも何の反応も見せられない立場だった。
「眠ったままのポーズでお願いします」
「顔は写しませんので、唇に近づいて、ここで口紅を塗ってください!ポーズだけでOKです!手をおろして胸板!この辺りが良いですね!この辺にキスをしてください!振り返って口紅を唇に当て、アップで終了になります」
説明を聞き終えたふたりが、カメラの前に出るとテギョンが、ミニョの手を取って立ち位置まで歩き出した。
「大丈夫か・・・」
「ふふ、心配ですか・・・」
笑顔を向けるミニョを横目で見るテギョンは、大きな仕事だからなと呟くとミニョを水辺で振り向かせて、両腕に手を添えている。
「大丈夫です!オッパ達の撮影にも参加させていただいてましたし・・・」
引退している間も仕事というスタンスでこそなかったが、A.N.Jellのアルバム撮影等に同行していたミニョは、そんなに心配は無いようだ。
「そうだな・・・お前の復帰第一作だ・・・コ・ミニョを見せてくれ」
そう言った、テギョンの手が離れるとミニョは、海の中に沈む様に指示がされ、撮影が始まっていったのだった。
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