「おい!!カン・シヌ!」
リビングの扉も乱暴に開けたテギョンの目に目元を擦っているミニョの姿が飛び込み、シヌと呼んだにも関わらず、ミニョの傍に駆け寄り、どうしたと顔を覗き込んだ。
「あっ、オッパ・・・お帰りなさい」
目元を擦りながら悲しそうにも、淋しそうにも見える表情のミニョにギッとシヌに視線を移したテギョンは、何があったと低い声で聞くが、薄い微笑を浮かべたまま、お茶を飲んでいるシヌは、前屈みになりながらテーブルにカップを置くと、お帰りと淡々と言っている。
「何でミニョが、泣いてるんだ!」
「お前が泣かせるからだろう」
涼しい顔で答えるシヌに怪訝な顔をするテギョンは、無言で袖を引っ張るミニョに気がついて、ゆっくり顔をあわせた。
「オッパ・・・」
「何で泣いてるんだ!?」
両肩に手を乗せて限りなく顔を近づけるテギョンにぎょっとした表情を浮かべたミニョが、体を引くとあっ、えっと、と、どもって俯いている。
「オッパに・・・」
「俺!?」
「オッパに会えて良かったです」
ミニョが行き成りテギョンの首に腕を廻し、その勢いに尻餅をついたテギョンは、左手を背中に回して倒れこむ体を右手で支え、戸惑いを浮かべてミニョを見た。
「たくさんたくさん喜びをありがとうございます」
「なっ、何を・・・」
動揺して、何がなんだかわからないという顔をしているテギョンの耳にシヌがクスッと笑う声が届き、視線を振ったテギョンは、ミニョの体を押しやりながら起き上がっている。
「おっ、おい!止めろ!シヌも居るんだぞ」
「あっ、すみません・・・つい」
シヌをちらちら見ながら動揺しているテギョンとへらっと笑ったミニョと涼しい顔でお茶を飲むシヌをリビングの扉の陰で窺う様に見ているリンが、ふふっと笑いその場に寝転がって顎を支えた。
「ったく、何があったんだ」
「デートだったんでしょ」
「はっ!?」
ミニョの明るい声に何故か動揺したテギョンはシヌを一瞥して、慌てて否定の為か首を振っている。
「ちっ、違うぞ!お前以外と・・・」
「これ!ありがとうございます!」
テギョンの言い訳と同時に声を上げたミニョは、にこにこ笑いながら手の中にある帽子を差し出し、泣き笑いの満面の笑顔に帽子を見つめたテギョンは、呆気にとられた様に固まったが、すぐにシヌーと低く唸ってテーブルの向こう側を睨んだ。
「そうだ!どういうつもりだ!!」
「別に・・・あいつらに聞いたんだろ」
涼しい顔を続けるシヌは、何でもないとテギョンを見つめやがて、口角をあげると、潰してきたのかと聞いている。
「当たり前だっ!!!あんなの出せるか!!!」
「そうか・・・潰したのか」
「なんですかぁ!?」
不思議な顔で聞くミニョにクスクス笑ったシヌは、膝を叩くと立ち上がって、ソリのベッドに近づいた。
「ふふ、よく眠ってるね」
すやすやと寝息をたてるソリの小さな手に触れ、笑顔を零すシヌは、テギョンの首に腕を廻したままのミニョを見て、もう一度笑うとあてられるから帰るよと背中を向けている。
「えっ!?あっ、わっ!離れてください!」
「お前がくっ付いてるんだろ」
「どっちもどっちだろ」
そう言ったシヌは、リビングの扉に向かいそこにいたリンに手を伸ばすとシヌの手を取ったリンが、一緒に玄関に歩いて行った。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「何を潰したの~!?」
シヌに手を引かれて、送る様に玄関にくっついてきたリンは、不思議な顔をしながら、シヌが靴を履くのを見て、後ろを振り返ったが、テギョンもミニョもこちらに来る様子がない事に車は、と聞いた。
「テギョンが、乗って来ただろ」
そう言って、いつの間に持っていたのか自分の車のキーをリンに見せている。
「アッパは、どこに行ってたの!?」
「テレビ局だよ、放送予定の番組を潰しに行ったんだ」
「アッパが!?」
リンも靴を履くとシヌと一緒に玄関を出て行った。
「そう、俺達の出演する番組を潰したの」
送ってくれるのかと言ったシヌに頷いたリンは、また手を繋いで庭先に止められたシヌの車に並んで歩いて行く。
「それもお仕事なの~!?」
不思議な顔で訊ねるリンにクスッと笑ったシヌは、そうだねと言って、リンの脇腹に腕を伸ばした。
「テギョンにとっては・・・そうかな」
視線を同じにして語るシヌの表情はとても柔らかく優しい瞳でリンを見つめている。
「ふーん」
「ミニョの事を考えてるのはね、いつもの事だけど!今日の撮影はあまりにイメージが崩れてしまっていたんだよ」
クスクス笑うシヌは、それでも良かったんだけどねとリンに教えるが、テギョンは、納得できなかったのだと続けた。
「ふーん」
「テギョンの中にA.N.Jellのファン・テギョンとして積み重ねてきたものがあって、それは、仕事上で優位に立つ為には、必要不可欠なものだ!あいつのプライドだからね!」
けど、と続けるシヌは、今朝からの撮影の事をリンに説明している。
「デートをするなら、彼女に贈るならって、ロケをしながら店を廻ってプレゼントを選んでいたんだよ」
その途中で、テギョンが、ソリが生まれた記念にとミニョとの思い出を作り変える為に注文をしていた店に偶然入った。
「撮影自体は、止まっていたんだけどね・・・カメラは、廻ってたんだ」
そこで、注文をしていた品を受け取ったテギョンは、店員に差し出されたもう一つの箱に思い掛けない表情をしてしまいそれを偶然カメラが抑えてしまった。
「プライベートだからね・・・ファンにとっては垂涎ものだろうけど」
「何があったの!?」
リンを抱いたまま空を見上げたシヌは、星が綺麗だなと呟いている。
「ふふ、あいつ、涙を零したんだ」
「アッパが!!!!」
「ああ、そのもう一つの箱が原因らしい」
「何が入ってたの!?」
「さぁ、それは・・・」
解らないなと車のキーを解除したシヌが、リンを地面に降ろした。
「ミニョが、きっと何かしたんだと思うよ・・・あいつが泣くのなんて初めて見たからね」
運転席のドアを開けて、車に乗り込んだシヌは、窓を開けるとリンに何かを渡している。
「それは、俺達からお前とソリに・・・テギョンに車を攫われなければもっと早く渡せたんだけどな」
「うーん、アッパが持ってちゃったなら、仕方ないかもー」
シヌに貰った袋を抱きしめるリンは、ありがとうと笑顔を零し、じゃぁなと言ったシヌは、家に帰って行った。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「お前・・・知ってたんだな」
ソリの眠るベッドの傍らでミニョの肩を抱いて寝顔を覗き込むテギョンは、可愛いなと言いながらミニョの頬にキスをした。
「偶然・・・ですけどね・・・連絡をいれたら繋がらなかったそうです」
テギョンのキスに頬を染めるミニョは、身体を入れ替えて、腰に両腕を回して擦り寄っている。
「そう・・・か」
「お店の人が、残ったものを加工させて欲しいとおっしゃったので、それなら・・・リンに渡せる物で、アッパが、使える物が良いなと考えました」
テギョンの胸の中でそっと瞼を閉じるミニョの眦には薄くまだ、涙の痕が残っていて自身の指を絡めてミニョを囲っているテギョンの顎がミニョの頭に乗せられた。
「男の子でしたからね、あまりそういった事を思いつきませんでしたけど、ソリに渡すなら、リンにも同じ様に渡したいです」
「あいつには、俺の物をひとつひとつ渡していこうと思ってた」
「ふふ、そうですね!アッパの譜面は、いつかリンの元へ行くのでしょうね」
テギョンの長い指先がミニョの眦を滑り、僅かに残る涙にそっと唇が近づいていく。
「既に持ち去られたものもあるけどな」
「ふふ、わたしは、何も渡せる物がありませんでしたけど、ベールとティアラは、仕舞っておいても役には立ちません」
ソリの生まれた記念に何か思い出を作ろうとミニョのベールとティアラを加工して女の子用に人形でも作るかとテギョンが言い、同意したミニョに結局、何を作るかは、内緒だと言って、テギョンが店に持ち込んでいた。
「リンの花嫁に渡して、ソリの衣裳に作り替えるって手もあったな」
「それこそ!何年先ですか」
「女・・・か、お前の思い出を渡せる相手だな」
「そうですね・・・」
「俺達の善い思いをそれぞれ分け合って成長してくれると良いな」
「ええ、両親に貰えた物、貰えなかった物をこの子達には、しっかり渡したいです」
テギョンの顔を見つめるミニョは、満面の笑みを浮かべ、ふっと笑ったテギョンは、顔を傾けたが、僅かに眉を上下させミニョの身体を押しやるとリビングの扉に背中を向け、素早く唇にキスをしている。
「あああああ~!!!!!僕がいないと思って~~~~」
トタトタと走りよってきたリンは、テギョンとミニョの間に立つとアッパ~と指を指して睨みつけた。
「邪魔するなっ」
「邪魔するもん!オンマは僕の!!アッパはソリとすれば良いでしょ!」
「はぁ!?何を言ってるんだお前!」
「だって、女の子が生まれたらアッパは、絶対夢中になるって皆が言ってたもん!!」
相変わらずミニョが一番なリンは、テギョンに敵意むき出しで、それにクスクス笑うミニョは、膝を折ってリンを抱きしめ、大きな声にグズッて起きてしまったソリをテギョンが抱き上げ、リンを睨むと唇を尖らせるリンは、ミニョに抱きついて舌を出している。
★★★★★☆☆☆★★★★★
後日、ある賞を受賞する事になったテギョンのスーツには、ミニョのティアラの欠片で作られたブローチとカフが光り、それをテレビで見つめるリンは、オンマの帽子と同じだねと言い、ソリを膝に抱いて見つめていたミニョは、ファン家の思い出の品になりますねと嬉しそうに微笑んでいたのだった。
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