『月光』と言ったリンを横に座らせてベートーヴェンねと握力を確かめながら何度も指を開いたり閉じたり始めたテギョンは、鍵盤に指を乗せると難曲を難なく響かせる。
重厚な空気の振動にリンの顔が、徐々に感動を露にしているが、半分程の旋律を奏でたテギョンにいきなりやっぱり違うーと異を唱えた。
テギョンが弾いているのは、第3楽章で、不満を唱えてその顔をじっと見つめたリンにピタッと演奏を辞めたテギョンは、何だよとこちらも不満そうにリンを見ている。
「そこじゃないの!」
「そこじゃなかったら何処だよ」
「第一楽章!弾いて!」
「第一・・・散歩か・・・」
「そうだよー!月の下を散歩するんだもん!」
にっこり微笑んで腿の両脇に手をついているリンは、足をぶらぶら揺らしながら思い出し笑いをした。
「お前のオンマとアッパか!?」
『月光』は月の下の散歩から生まれた曲と伝わっているが、それが、恋人同士とは言われていない筈なのにテギョンの言葉はまるで恋人同士の散歩を意味していたが、リンもそれに同意している。
「うん!3人で散歩するの」
「そうか・・・楽しそうだな」
薄く笑いを零すテギョンの顔は、少し淋しそうに歪められたが、それでも、直に真顔になると第一楽章を弾き始めた。
ゆったり左右に体を揺らしているリンは、テギョンの横でふふと笑っていて何を思い出しているのか口元を隠していて、曲に身を任せている。
テギョンの力強いベートヴェンが終るとその小さな手で拍手をしたリンは、やっぱりファン・テギョンだねと言い、その言葉に首を傾げるテギョンは、お前と体の向きを変えた。
「お前、俺と会ったことあるのか!?」
考え込む仕種をしているテギョンは、リンの姿を見つめ、どこの誰だとぶつぶつ独り言を呟いている。
「僕は、会ったことあるよ」
テギョンの体と反対側に足を向けたリンは、乗せてもらった椅子からピョンと飛び降りるとテギョンの顔を見つめ首を傾げながら笑った。
「チッ!俺が覚えてないって事か!」
椅子を跨ぐ様に体の向きを変えてピアノを背にしたテギョンは、足を大きく開いて、腕を乗せ指先を組んでいる。
「アッパは、やっぱり抜けてるー」
リンの一言にすかさず反応したテギョンは、アレと首を傾げた。
「って、俺は、お前のアッパじゃない!」
「そうだね!ファン・テギョンだけどね」
ドアに向かって歩き始めたリンの後姿に何を思ったのか立ち上がったテギョンは、その後をついて歩きながら声を掛け廊下に出たリンにどこに行くんだと聞いている。
「・・・お前のアボジも、ファン・テギョンなのか!?」
「そうだよ」
「ふん!世の中、似たような名前はある!」
あっちの書斎と指を指したリンは、アッパの写真があるのと言い、その言葉に不思議な顔をするテギョンは、アボジの書斎と首を傾げた。
「そうなのかなぁ」
「そうだろ!俺と同じ名前なんだろ!」
身内にそんなのいたかと呟きながらリンの後を着いて行くテギョンは、ギョンセの書斎の前で立ち止まったリンが、振り向いて抱き上げろとばかりに両手を伸ばした事に腕を組んでいる。
「お前、俺にさっき、無理だって言ったよな」
「言ったよー!でも、だっこして!」
早くと腕を伸ばしているリンにチッと横を向いて舌打ちをしたテギョンが、唇を尖らせるとリンの脇腹に腕を入れた。
「ふふ、ありがとう」
「どういたしまして」
不機嫌に抑揚の無い声音で返したテギョンは、重いなと言いながらリンを腕に抱いて書斎の扉を開けるとオンマーと大きな声を出したリンに片目を閉じて顔を僅かに逸らしている。
「あら、リン!どこに行ってたのですか!?」
部屋の中央に置かれたソファに腰を降ろして分厚い本を捲っているミニョが、ドアに立ち尽くすテギョンと腕の中のリンを見て微笑んだ。
「ファン・テギョンと遊んでたの」
「ふふ、楽しかったですか!?」
「楽しかったよー!アッパも秘密が一杯あったの」
リンとミニョの会話を聞きながら黙っているテギョンは、そこから一歩も動かず、ミニョを見つめていたが、腕の中のリンにお前のオンマかと聞くとそうだよと答えたリンに早くとミニョを指差して促され足を出している。
「こんにちは」
「こんにちは」
正面に回って挨拶をしたテギョンは、ミニョの笑顔に惚けた様に視線を固め、首を軽く動かした。
「ふふ、こっちの方が、天使みたいですね」
前に立つテギョンを見つめるミニョは、上目遣いで見上げていて、その顔にテギョンの顔が赤くなっている。
「そうだよねー」
テギョンの腕の中からリンが返事をするとその首に腕を廻して顔を並べ、同じと聞き、その仕種にテギョンは驚いていた。
「天使!?」
「綺麗なお顔ですね」
「なっ、そ・・・それはあなたが・・・」
「わたし!?わたしは綺麗ですか!?」
立ち上がってリンに腕を伸ばしたミニョは、テギョンからリンを受け取るとそのまま膝に乗せて座り直している。
「うん!オンマ綺麗だよー!」
「ふふ、嬉しいです!アッパも褒めてくれますけど、アッパのお顔立ちは、綺麗過ぎるので、近くにいるとドキドキが止まらないですよね」
「でも、好きでしょー」
「そうですね!この世の誰より愛してますよ」
「ファン・テギョンも好きだよね」
ミニョを見上げていた顔が、テギョンの方に向けられた事に首を傾げているテギョンは、俺かと聞き返した。
「好きでしょ!?」
考え込むテギョンは、首を傾げ、何気無くミニョが再び捲り始めた本に視線を移すと、一枚一枚に笑顔で、時折、クスクスと含み笑いを零しているミニョの手元を見つめたまま、徐々に目を見開き、素早い動作でそれを取り上げると胸に抱えてとてつもなく大きな声を出したのだった。
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