★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★★★★★★☆☆☆★★★★★
「誰だ!」
後ろから掛けられた威圧的な声にゆっくり振り返ったリンが、座ったまま唇を撫でる様に指を当て、黒いズボンを目に入れてから、ゆっくり上を見あげた。
「お前、誰だ」
威圧的な声音は崩さず、怪訝な表情で顔を左右に動かしている青年は、右肘を支えて下唇に指を当てたまま床に座るリンを見下ろし、動かすのを止めた首を傾げている。
「だーれー!?」
ジーッと見つめている顔は、不遜な態度に負ける事無く、ビッと音が聞こえる程、素早く動かした指先を青年に突きつけ、満面の笑顔を浮かべて聞いていた。
「お前に聞いているんだ!」
リンの態度に指先をジッと見つめた青年が、鋭く睨んだ後、更に目を細め視線を移動して、まるで威嚇する様に、尖った唇で不機嫌を露にして黙ったまま、外した視線で、床を見つめ、また、リンの顔に戻して、そんな態度にうろたえる様子も無いリンは、ジーッと青年の顔を見つめ、考える表情で首を左右に動かし、唇を尖らせ、瞳をくるっと回して徐々に口角をあげ、また笑顔を作った。
「僕、ファン・リンだよ」
「・・・ファン・・・身内か!?」
こんな小さいの居たかと眉根を寄せて呟き、首を傾げた青年は、そうかと頷くとまるでリン等見なかった様に遠くに視線を投げ、横を通り抜けて奥の部屋に向かった。
「ヒョンこそだぁれー!?」
青年の行く先を見つめていたリンは、ゆっくり立ち上がって後をトコトコ着いて歩き、少し大きな声を出して背中に話しかけると、僅かに後ろに顔を動かした青年は、リンの歩く姿を鼻で笑い、部屋の奥に備えられた本棚から迷う事無く一冊を抜き出して、その前に置かれていたロッキングチェアを引き寄せ、腰を降ろした膝で、本を捲り始めた。
「俺・・ね・・・まぁ、そうだな・・・教えてやら無くも無いが・・・」
開いた本に視線を落とし、読んでる風でもなく紙を捲るだけの動作をする青年は、難しい顔をしながらぶつぶつ呟いている。
「ひとりごと~!?」
リンが、すぐ真下にやって来て、顔をくっ付けそうな勢いで椅子の肘掛に手を置いて下から青年の顔を覗き込むと、あまりに唐突な事に驚いて体を引いた青年は、座っていた椅子の前側の脚を浮かせてゴクッと喉を鳴らした。
「うっ、煩い!名乗ってやるって言ってるんだ!」
体を斜めに捻ってリンに脅えている様な青年に、にっこり笑顔を向けたリンは、一歩後ずさるとそこにしゃがみ込んでいる。
「ふーん、何て言うの!?」
両手で顎を支え、上目遣いで見上げるリンに椅子の脚を床に降ろして深呼吸をした青年が、ギロリと睨みながら答えた。
「俺は、ファン・テギョンだ」
「ヘー」
大して感動の無い返事を返したリンに期待を裏切られた表情を作った青年は、きょとんとすると目を細めている。
「何だよ!感動の薄い奴だな」
低音で、不機嫌にリンを睨みつけながら唇を尖らせた。
「ファン・テギョンなの!?」
にっこり微笑むリンは、確認というよりは、確信を持った声音で知っているよと伝えるように笑っている。
「俺を知ってるのか!?」
リンの声音に驚いたようなテギョンが、首を傾げた。
「うーん・・・そんなに小さいのは、知らなーい」
テギョンの容姿を上から下まで眺めて、チェアで揺れる組まれた足を見つめてリンが答える。
「小さい!?」
「うん」
「俺は、どう見てもお前より大きいだろう!」
本を持っている腕を持ち上げて、脇腹の辺りを見つめながら左右を確認するテギョンは、唇を尖らせたまま腕を組んだ。
「うーんとね・・・僕の知ってるファン・テギョンは、もっと大きいの!僕を軽く抱き上げられるもん!お兄ちゃん、・・・出来ないよね」
顎に当てた拳の上でテギョンの足を見て、視線を上に流していくリンはやっぱりにっこり微笑んでいて、顔に辿りついた視線が、まだ少年の雰囲気を残す青年に悪戯な笑顔を作っている。
「ふ、ふん、無駄な事をするつもりは、無い!」
リンの挑発的な態度に狼狽え、慌てて返事をしたテギョンは、少しだけ顔が赤くなっていて、その顔に満足そうな笑顔を返したリンは、すくっと立ち上がると首を傾げて、また顔を覗き込んだ。
「ふーん・・・ファン・テギョン、なんだー」
椅子の周りを後ろに手を組んで行ったり来たりしている。
「なっ、何だよ!」
「ねぇ、お兄ちゃんピアノ弾けるー!?」
ピタッとテギョンの前に戻って立ち止まったリンは、口角を緩くあげていくとニィィと上目遣いでテギョンを見つめ動き回っているリンにまるで脅えたような態度だったテギョンは、その顔に不機嫌そうに答えた。
「勿論弾けるぞ!俺は、天才だからな!」
顎をあげて、自信満々な態度で、背筋を伸ばしたテギョンにまた首を傾げたリンは、今度は不思議な顔をしている。
「努力家の間違いだよね!オンマが言ってたー」
真面目な顔をしてテギョンを真直ぐ見る瞳に、また狼狽えるテギョンは、視線をあさっての方に飛ばして返事をしながらゆっくり、リンを見下ろした。
「うっ、煩い!影の努力なんてどうでも良いんだよ!」
そんなの関係ないと立ち上がって、ふんとイラついた顔をしている。
「でも、いーっぱい、努力してるよね」
リンは、テギョンが立ち上がった椅子の足元に近寄るとその後ろの本棚に腕を伸ばしてゴソゴソ何かを探し始め、そんなリンの様子にテギョンが、椅子を横にずらした。
「お前、何か、妙に俺の事、決め付けて喋ってないか!?」
リンの四つんばいになっている背中に声を掛けたテギョンは、何をやってるんだと顎に手を添えて覗き込んでいる。
「うん!だって、ファン・テギョンなんでしょ!」
「・・・・・・そうだ」
テギョンが、答えるのと同時にあったと言ったリンは、本棚から一冊の薄いノートを取り出しそれを持って立ち上がるとテギョンの腹の辺りにそれを押し付けた。
「ねー!弾いてよ!ピアノ!」
押し付けられたノートに目を見開いたテギョンだが、息を吐き出して、小さく首を振るとリンの頭に手を置いている。
「何を聞きたいんだ」
ノートを見開き、溜息混じりにページを捲ったテギョンは、そこに描かれている絵や文字に笑顔を零し、リンが袖を掴んだ事に手を伸ばし、その手を握ると隣の部屋に置かれているピアノに歩き始めた。
「あのねー『月光』」
「ベートーヴェンか・・・」
そう呟きながら、ピアノの前に辿りつき、リンの腰を持ち上げて長椅子の端に座らせるとピアノの天蓋を持ち上げるのだった。
にほんブログ村