「どうされるおつもりなんです!?」
「何のことだ!?」
ユンギの言葉に持っていた書類をおろしたヒジュンは、向かい合わせに座る顔を見た。
「ミニョssiにデュオを歌わせるそうですね」
ティーカップをソーサーから持ち上げるユンギは、体の向きを変え足を組むと横目でヒジュンを見ている。
「ああ、その話か」
ヒジュンもカップを掴むと興味を無くした様に書類に視線を戻した。
「相手、決まっているのですか!?」
「ああ、A.N.Jellの中から選ぶ」
ヒジュンの言葉にちらりと横を見たユンギは、前に向き直ると涼しい顔でカップに口をつけ続けて聞いた。
「本命、別にいませんか!?」
ユンギの会社の社員食堂は、音楽教室に通ってくる子供達の付添い人の待合スペースも兼ねてカフェスペースとして開放している為、昼間の時間帯もそれなりに賑わっていて、役員であることを認識している人々が、時折頭を下げて通り過ぎ、ユンギもそれに軽い会釈で答えている。
そんな、カフェの一角で、ユソンを送ってきたヒジュンを見つけたユンギは、躊躇無く向かいの椅子を引いて、そこに座っていた。
「ファン・テギョンを攻略するのは、難しい課題だからな」
その言葉が、ユンギの聞きたいことなのか、それとも他の事を言っているのか、淡々と顔も上げずに答えるヒジュンにユンギは、首を傾けている。
数枚の書類の束に目を通し、捲っては戻りを繰り返していたヒジュンは、ポンとそれをテーブルに置くと、カップの中身を飲み干し、それもテーブルに置いた。
「ギョンセssiと、お会いになったでしょ」
テギョンの名が出たことに渡米していたヒジュンの行動を指摘したユンギは、チラッと顔を見るとヒジュンは、笑っている。
「お前も会ったんだろ」
ユンギの顔を見ながらテーブルに肘を付いたヒジュンが聞いた。
「ええ、毎年、父に花を贈ってくれてました」
手のひらでカップを包み込みその中身を見つめているユンギは、口元だけ上げて笑っていて、揺れる水面に何かを見つける様に頷いている。
「テギョン君には、教えてやらないのか!?」
「俺がスペードを復活させなければ、多分、二度と会うことのない人でしたよ」
毎年、命日に花を贈ってくるギョンセが、ファン・テギョンの父親だという事は、昔、まだ、レッスンに通っていた頃には知っていたユンギだが、当時、父親との間の交流が上手くいってなかった彼は、ギョンセと父の繋がりを父が亡くなってから知った。
知っても特に連絡を取る訳でも無く、礼を告げていたのは専ら母親で、関わりを持つ事など皆無だったのだ。
その関係が変わったのは、ファン・テギョンに再会したからであり、ファン・リンという子供を知った為であり、何より自身がもう一度音楽と仲間を取り戻した事が大きかった。
「ふっ、あいつらしいな!俺となんて何十年ぶりだったぞ」
「お互いにお忙しかったのでしょう」
ユンギが、微笑みながらそう返すと、ああ、と頷くヒジュンは、お前の父ともなと言った。
「お前の親父とも何年ぶりだったかな」
「僕の事をお願いされたでしょ」
カップを傾けているユンギは、底に残る液体を見つめて、それをテーブルに置くとラウンジに向かって腕をあげた。
「そうだな」
ユンギが、手を上げた事で、コーヒーサーバーを手にしたウェイターが、ふたりのカップに新しい液体を注ぎ、去って行く。
「若い後継者ってだけで、周りは、色んな事を言うものだ」
砂糖の入ったガラスの蓋を取ったユンギは、スプーンに半分ほど乗せて、カップに落とすとヒジュンに入れるか訊ねたが、ヒジュンは首を振っている。
「僕なんかに出来るのか!ってね、散々言われましたよ」
「それは、仕方ない!家の事より、バンドに夢中だったんだから」
「それが、とても役に立ってますけどね」
「はは、そうだな!この数年で会社の業績も伸びているようだし」
「おかげさまで」
互いの顔を見合って笑いあったふたりだが、ユンギが、口元を結び直して真面目な顔をした事に首を傾けたヒジュンが、視線をテーブルに落としてなんだと聞いた。
「それで、本命は、誰なんです!?」
ヒジュンの体が横を向いて、ガラス張りの廊下の向こう側にある教室をみるとその背中に向かって声を掛けたユンギは、時計を見つめている。
「聞いてどうする!?」
「興味があるんです」
口角をあげて、カップを手に取り、そろそろ終わりですねと言ったユンギも教室のドアを見つめながら言った。
「お前に教えると違う事を始めそうだからな」
「何ですか!?僕をマピアみたいに言わないで下さいよ」
子供の様な顔を見せるユンギにヒジュンが、ははっと笑うとスーツの襟を正したユンギは、フンと口を尖らせている。
「お前の方こそどうなんだ!?こっちでやらないのか!?」
「やりませんよ!配信してるだけで十分でしょ」
ヒジュンの様に横を向いて足を組みなおしたユンギは、不満そうに言ったが、そうかと頷いたヒジュンが、でもなと言った事に顔だけ横を向けた。
「俺のとこにも記者が来たぞ」
「断ってください」
「経済誌ばかりじゃなくて、そっちにも出ればいいじゃないか!経営者として出れば問題ないだろ」
見つめていた廊下の向こう側のドアが一斉に開かれると楽器を抱えたり、譜面を抱えた子供達が、それぞれドアを開け、ユンギやヒジュンの周りに座っていた大人達も帰り支度を始め、廊下に出て行き、カフェの中は、徐々に閑散としていき、ガラス張りの廊下から、中を覗き込んでいるユソンを見つけたヒジュンは、笑顔を作ると手を上げている。
「ヒジュン!っと、失礼、うちの秘書みたいな事を言わないで下さい!」
「社長が、そんなだと、秘書も苦労するな」
人並みを逆流して、ギターを抱えて近づいてくるユソンに手を振っているヒジュンは、呆れた様にユンギの顔を見ると傍らにやってきたユソンからギターを受け取り、座るように促している。
「ソンベの奥様程じゃないと思いますけど」
自由に振舞っているのは、社長という立場にある自分ではなく、伝説という看板を背負ってるヒジュンだとでも言いたそうに不満な顔をしているユンギは小さく睨んでいる。
「はは、お前も、早く結婚する事だな!ファン・リンみたいな子供が出来るかも知れないぞ」
「僕の事は、放っておいてください!」
口を尖らせるユンギの顔は赤くなって、ヒジュンを睨む瞳が鋭くなった。
「コ・ミニョみたいな女は、そうそう見つからないか」
ユンギの不満顔にヒジュンは、からかう様な言葉を続けると上を見上げていたユソンが不思議な顔をしている。
「ミニョssiのお話なんですか!?」
ウェイターが、運んできたオレンジジュースに口をつけてユソンが聞いた。
「ああ、CMが決まったらしい、来週レコーディングと撮影があるそうだ」
「ヘー、僕も見たいなぁ」
ユソンが、何気無く口にするとテーブルに肘をついたユンギが、にっこり笑ってユソンを見ている。
「撮影の方なら見れるかもしれないよ」
「本当ですか!?」
「うん!頼んであげる」
ユンギの言葉を黙って聞いていたヒジュンが、目を細めると怪訝な顔を向けた。
「お前、もしかして・・・」
「えっ、やだなソンベ・・・何もしてませんよ!ただ、ちょっと、友人に皇帝の奥さんが復帰するんだと言っただけです」
悪気も無く笑顔で答えるユンギに目を細めて、唇に触れたヒジュンは、呆れた様に何度も首を振っている。
「アンも知ってるのか!?」
「当然でしょ、アン社長に打診してOKだったから、話を通したんです」
「お前が、関わってるって知ったら、ファン・テギョンは、怒りそうだな」
「そうですね!でも、僕も仕事なので」
厳かに笑うユンギは、社長としての顔を覗かせたが、一瞬でミニョssiの復帰楽しみだなと呟いてへラッと笑っていて、既に、撮影の様子を想像しているようで、呆れているヒジュンは、ユソンにこういう大人には気をつけろと本人の前で平然と言うのだった。
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