リビングのピアノからミニョが弾き語っていたヒジュンの曲が流れ始めると弾いているリンが、口をヘの字に曲げたり、丸くしてみたり、百面相でもするように譜面を追いかけていた。
3枚の譜面全てをそこに放置していたミニョは、聞こえるメロディーに驚いて口を開けたが、テギョンが、それを聞きながら放っておけと言った為、そうですかと夕食の準備を始めている。
ダイニングのカウンターの上に置かれた籠からオレンジを手に取ったテギョンは、その匂いを嗅ぐとミニョにポンと手渡した。
「全部剥かれますか!?」
ミニョが、切り方について訊ねると、ああと返事をしたテギョンは、次々に匂いを確かめ3つ程手渡し、ミニョが綺麗に実だけを乗せた皿をテギョンの前に置いた。
「それで、アボジは何だって!?」
先程からミニョの話を聞いていたテギョンは、フォークを持ち上げて聞いている。
「ええ、ヒジュンssiとは、古いお友達だそうです!それで、『マルドオプシ』を」
「ったく、それならそうと連絡くらい寄越せばいいだろ」
余計な心配をしたこの数日を考えたテギョンの口からイラついた言葉が零れた。
「ふふ、お父様もお忙しい人ですよ」
「お前やリンとは、連絡を取ってるだろ!」
フォークの先端をミニョに向けてテギョンが不満そうに呟くとミニョが、皿を持って振り返った。
「オッパが連絡しないだけじゃないですか」
「・・・特に用事も無いからな」
唇に触れながら答えるテギョンは、伐が悪そうにミニョを見ている。
「プレゼントだって頂いてるのに最近は直接連絡なさってないでしょ」
「そんな事はないぞ!」
怒鳴る様に反論したテギョンだが、ふと、ミニョが持っている皿が気になった様でそれはと聞いた。
皿に乗せられているのは、テギョンが選んだオレンジだが、テギョンの前に出された物と明らかに色が違っていて、ミニョの持っている物のほうが色が濃い様だ。
「オレンジですけど、オッパ、酸っぱい方が良いでしょ!こっちはリンの分です!」
見た目だけで選り分けたのだろうけど、ミニョは、甘そうなのと酸っぱそうなものを切りながら分けていた様で、テギョンが、もう一度皿を見つめて、頭を抱えている。
「お前、その刷り込み、どうにかならないのか!?」
「刷り込み!?」
「俺が、酸っぱいものが、好きだという刷り込み」
テギョンが、一切れ口に放り込んだが、それは、本当に酸っぱかった様で、口元が歯を見せて歪んでいる。
「好きですよね」
ミニョが、テギョンの座るカウンターに皿を置いてリンを呼ぶと気付いたリンは、待ってねと言った。
「ライムのせいだよな!というか、倒れたお前のせいだろ!」
テギョンは、寒気を堪える様に背中を震わせて首に手を当てている。
「あれは、不可抗力です!」
頬を膨らませたミニョが、不満そうに言った。
「俺に逆らうのか!」
「逆らってないですよー、オッパが好きだというから、このオレンジだって、ジェルミがくれたんですからね!」
ミニョは嬉しそうにオレンジに顔を寄せたが、テギョンは、籠一杯に入れられたオレンジを見つめると首を振っている。
「あいつらの認識を変えさせよう」
決意した様に頷くとまた一切れ口に含んだ。
ピアノの音が止んで、走ってきたリンは、カウンターに手を乗せ、椅子に座り、オレンジを摘み始め、それを見ていたミニョは、鍋を片手に聞いている。
「リンの方は、どうなのです!?」
ミニョの言葉に隣をチラッと見たテギョンは、苦苦しそうにリンの顔を見て、リンもチラッとテギョンを見た。
「練習すれば、問題ないよな」
「練習するもん!」
「何かあったのですか!?」
リンが、口を尖らせた事にミニョが、不思議な顔をしてテギョンを見ると午後の出来事を話そうと口を開いたテギョンにリンが、むすっとしている。
「こいつの曲をアレンジしたんだけどな、他のふたりを引っ張ろうとするんだ」
「リンの曲でしょ」
「ああ、だけど、ギターは、やっぱりユソンの方が上手いな!」
リンの頭に手を乗せるテギョンは、くしゃっと髪を撫でて、ニヤッと笑うとその顔にリンが、面白く無さそうにフンと顔を逸らした。
「まだまだ、ピアノの様にはいかないな」
オレンジを平らげてしまった皿をミニョに返したテギョンは、替わりに出てきた水を受け取っている。
「こいつも並みの子供にしたら、上手いんだけどな」
「ふふ、アッパに負けてないですね」
ミニョが、不機嫌な顔をしているリンを覗きこむとリンが顔を上げた。
「アッパよりも良い歌作るんだもん!」
「では、オンマがそれを歌いたいですね」
背中を向けたミニョに目を開くリンは、ほんとーと大きな声をだすと、カウンターに手をついて椅子の上に立ち、身を乗り出している。
「ええ、アッパが許可してくれるなら」
良いですよとミニョが言って、テギョンと顔を見合わせたリンは、期待を込めて見つめた。
「良い歌が出来れば、だな」
テギョンが、微笑んでそう答えると椅子に座り直したリンは、
満面の笑顔でオレンジにフォークを突きたて、それを持ち上げている。
「出来てるよー!『ワン・ツー・スリー』っていうの!」
口に放り込みながらテギョンの顔を見たリンが、嬉しそうに答え、ミニョが、驚いた顔で振り返り、テギョンはリンの顔を見てなんだと聞いた。
「玄関閉まったら、ワン・ツー・スリーなのー」
「リン!」
「ミナムは、言ってもいいって言ったもん!」
「オンマは、駄目って言いました!」
ミニョとリンの不思議な会話に目を細めるテギョンは、何だよとミニョに聞いている。
「ただの習慣の話です」
「習慣だよー!オンマのお祈りー」
「ああ、マリア様ね」
納得したという顔のテギョンは、それ以上追求もせず、二人に背中を向けたミニョは、小さく溜息をつき、その背中を見ていたリンは、へへっと笑っている。
「アッパはー、オンマの歌出来たの!?」
「ああ、そうだ!CM決めてきたぞ!それと同時にお前のシングルも出す」
タイアップだとテギョンが言うと小さく驚いたミニョが、聞き返した。
「出来たのですか!?」
「出来たというより、出来てたやつを使う!ソンベのデュオの話があったからな、言わなかった」
テギョンが、ペットボトルを手に取ると立ち上がりながらそう言って、水を煽りながらリビングに歩いて行く。
「お前の相手を誰にするのかは判らないけど、まぁ、メンバーの中って事だからな!こっちの話も受ける事にするぞ」
「そうですか」
「そいつの方向性も決まらないし、夏までには、成長するだろうから思ってる様な事が出来るのかどうかは、まだ先の話だな」
そう言った、テギョンは、下に居ると言って、リビングを後にし、残ったミニョとリンは顔をつき合わせると、膨れたミニョが腰に手を当てている。
「リン!お約束しましたよね」
「してないもん!」
見下ろしているミニョを見上げてニィと笑うリンは、お皿を前に出してもっと頂戴と要求し、オレンジを持ち上げたミニョは、それを切り分けながらリンに話をしている。
「『ワン・ツー・スリー』は、アッパには内緒です!」
「なんでー!?お祈りしてるだけでしょー」
「それでもです!アッパの無事を祈ってるだけのオンマの自己満足だって言いましたよ」
リンの前にお皿を置いたミニョは、手を洗ってカウンターを回り、隣に腰を降ろした。
「アッパに秘密は無しって、お約束してるくせにー」
「秘密ではないです!」
「だったら教えてもいいでしょー」
だから、それはとミニョとリンの言い合いは、夕食が出来上がるまで続くのだった。
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