ミニョの手を引いて地下に降りたテギョンは、ポケットから出した鍵でドアを開けながら、ミニョの肩に腕を回すと、その指先でミニョの顎を傾け軽くキスを攫った。
不意打ちのテギョンの唇の感触にミニョは驚く間もなく、離れていった顔にきょとんと不可思議な眼差しを向け、ゆっくりその顔を凝視している。
「押し倒したい顔だな」
軽くあがる口角に子供のように悪戯な笑みを浮かべ、スッと前を向いたテギョンは、ドアを開けるとミニョの肩を抱いたまま中に促して、促されるままに足を動かしたミニョは、視線がテギョンに釘付けで、背中越しにパタンと閉まったドアの音と共に徐々に目を見開くとそこに背中をつけてズルズルと腰を落としていく。
「今頃か!?」
テギョンの楽しそうな声が頭上からミニョに降り、肩を支えていた手のひらをドアに押し当てたテギョンが、中腰でドアに張り付くミニョの腰を空いた手で支え、どうしたと聞くと赤い顔で、テギョンを見つめるミニョに視線を絡ませて意地悪な笑みを浮かべ、また顔を近づけていく。
「オッ・・・」
抗議の呼びかけは、すぐに消されてしまい今度は深く唇が、重なっている。
トンとミニョの拳が、テギョンの鎖骨の辺りに軽く当たり、振り上げられた手は空中で掴まれ、掴まれた指先にテギョンの指が絡んでいく。
観念した様にミニョの瞳が閉じられると暫くして唇が離れた。
「・・・っも、明るいのに何をするのですか!」
「暗かったら良いのか!?」
「揚げ足を取らないで下さい!」
ミニョの手を引いたテギョンが、ピアノの前に連れて行くと椅子を準備してそこにミニョを座らせ、自身はオーディオの前で、CDをセットすると、『愛の調べ』という楽曲がスタジオに流れた。
「ヒジュンソンベの歌ですか!?」
「ああ、良い曲だろ」
テギョンが、ミニョの肩に軽く手を乗せ、その向こう側、ピアノの前に座ると蓋の閉まった鍵盤の上に肘を乗せた。
「そうですね、淋しい愛ですけど、素敵な愛ですよね」
オーディオから流れる音に耳を澄まし、音の流れを追いかける様に視線を動かすミニョは、にっこり微笑んでいる。
「こういうのを歌いたいか!?」
ミニョの顔を覗き込んだテギョンが、真顔で聞いている。
「歌って欲しいですか!?」
ミニョもテギョンの顔を覗き込むように顔を傾けると質問を返した。
「お前に聞いているんだろ」
肘をおろしたテギョンは、ピアノの蓋を開けるとオーディオから流れる曲に合わせるようにピアノを弾き始めた。
「昔、コンサートで、他の方の楽曲リクエストを受け付けた事、ありましたよね」
ミニョは、顎に指を当て上を向いて考え込む仕種をすると思い出し笑いなのかクスクス笑っている。
「そうだっけ!?」
テギョンも考える様に上を見たが、直に俯いて鍵盤の端から端へ視線を動かしている。
「ええ、ファン・テギョンの作った物以外を聞かせて欲しいっておっしゃった方がいて!唯、あの時も、『マルドオプシ』は、避けましたね」
「あの頃は、まだ、コンサートでも歌ってたからな・・・ミナムとお前を比べる奴もいたし・・・キム記者もたまに見かけたしな」
そう返事をしたテギョンだが、僅かに目を細め、壁際に視線を流してから不思議な顔をすると鍵盤から指を離した。
「お前、どうしてそれを・・・」
『マルドオプシ』の話を帰ってきてから一言も口にしていないテギョンは、怪訝な顔をしている。
「ミナムオッパが、電話を下さいました!オッパが、また変だぞって」
けろりと答えるミニョは、流れている曲調が変わった事に笑顔を零し、こっちも良いですねとテギョンを見ている。
「チッ、あいつ、またか!」
ああ、と短く楽曲への返事をしたテギョンは、ミナムの行動に額に手をあてると唇を尖らせて不満そうに鍵盤を叩いた。
「仕方ないですよ!オッパは、わたしの事が心配なのです」
「俺じゃないのか!?」
唇を尖らせたままミニョに向き直ったテギョンが、不満そうに言うとミニョは、否定の意味なのか笑って手を振っている。
「オッパのことは・・・うーん、どうでしょう」
考え込んでしまうミニョをギロッと睨むテギョンは、僅かに唇を開いてそこに触れ、親指を当てたまま口を開いた。
「俺は、あいつの玩具か!?」
「あっ、そうかもしれませんね」
テギョンの思いつきに、ミニョがすかさず肯定すると不機嫌な顔が、更に不機嫌に歪められ、尖った唇を動かして、お前なーとミニョの首に腕を回している。
「ほっんとに兄妹揃って、俺を揄うことしか考えてないのか!」
「そんな事ありませんよー心配してます!」
クスクス笑うミニョは、くすぐったいですと言いながらテギョンの指先を掴み、動かさないように握りこんだ。
「出来ないのですか!?」
ミニョが、緩やかな笑顔から真顔になってテギョンを見つめたが、テギョンは、笑顔のままでどうしてと聞いた。
「・・・さっき」
ミニョのさっきのという言葉に思い立った顔をしたテギョンは、ああ、と意地悪く笑うと、それがと聞いている。
「それが・・・って、オッパ、そういうことするじゃないですか」
ミニョの頬が不満そうに膨れると、今度はテギョンが、クスクス笑ってそうだなと言っている。
「まだ、膝を貸せとは、言ってないけどな」
「そうですけど」
フッと柔らかく笑ったテギョンは、大丈夫だとミニョの頭に手を置いて緩やかにそこを撫でている。
「まだ、そこまでじゃない」
ミニョから手を離し、流れていた楽曲が止まったオーディオに目を向けるとミナムに聞いてないのかと訊ね、首を振ったミニョにソンベがなと話を始めた。
「ヒジュンソンベが、お前と俺達の誰かとデュオをやりたいそうだ」
「デュオ!ですか!?」
「ああ、それと、多分、曲を作る為なんだろうけど『マルドオプシ』のレコーディングを求められてる」
「レコーディング!?」
「ああ」
テギョンが、別なCDをセットするとミニョの隣に戻り、暫くするとA.N.Jellのアルバム楽曲が流れ始めたが、その曲にミニョの頬が赤く染まってゆき、そこに手を当てた。
「CDじゃ駄目なのですか!?」
テギョンの手がそっとミニョの頬に添えられた手に重なるとそれを掴んで降ろし、胸に凭れさせる様に肩を引き寄せている。
「ああ、何を知りたいのか、俺にも判らないけど『マルドオプシ』を求められてるからな!お前の音源は、今流れてるこれと、リンの手元にあるだけだけど・・・」
「どこかに残っていたのでしょうか!?」
テギョンの胸に体を預け、目を閉じたミニョが聞いた。
「判らない」
ミニョの体に腕を回して抱き込むように自身の指を軽く絡めたテギョンは、俯いてミニョを見ている。
「あの時、記者は、既に何十人と会場にいたし、流れてたのは、お前の声だ」
当時のPV発表会を思い出して語るテギョンの声音は、流れている曲に合わせた様に静かに響いている。
「お前と・・・いや、うやむやになったからな」
紡ぐ言葉に躊躇したテギョンは、回した腕に僅かに力が入ったのかミニョが、ゆっくり目を開いていく。
「比べるとしたら録音していた奴がいたか、だろうな」
「キム記者では、無いですよね」
「ああ、あいつは、お前とすれ違っただろ、という事は、直前に入った事になる」
あの時、ミニョを見かけたテギョンは、キム記者の姿も捉えていて、ミニョとぶつかった姿を確認していた。
「お前が入った時、既に会場は暗かっただろ」
「ええ、真っ暗でした」
「そうだ!だから、俺は、叫ぶしかなかった!」
当時を思い出すテギョンは、胸が痛むのか左手をそこにあてると抑える様な仕種をして、ミニョは、目の前に見える手にそっと手を重ねていく。
「悔しい思いをしたけどな」
シヌの行動は、後になってみればテギョンにとっての後悔以外の何物でもなくて、あの時、ミニョの手を取ったのが自分だったらと何度も考えては打ち消した事があった。
ミニョの重なる手の指先をそっと握りこんでいるテギョンは、緩く口角をあげると安心した様に笑顔を浮かべ、見上げたミニョの瞳にテギョンが写りこみ、微笑んでいるミニョの顔を見下ろしたテギョンはなんだと聞いている。
「愛してますよ」
真っ直ぐにテギョンを見つめたミニョが、にっこり笑った。
「ふん!そんなのわかってる」
不機嫌そうに、でも、満面の笑顔を浮かべるテギョンは、更にミニョを抱きしめる腕に力を入れ、もう一度自身の指を絡めてミニョの体をも絡め取っている。
「お前は、俺にとって唯一無二の存在だ!お前のいない世界なんて俺には色あせてしか見えなくなったからな!お前が俺に愛を与えてくれる!嬉しい事も楽しい事も、時々、悲しいことも辛い事もあるけど、お前が俺に愛をくれる!信じる事を教えてくれる!俺に幸せをくれる!お前以外要らないと思わせてくれる! お前が・・・」
言葉を切るテギョンは、ミニョが見上げていることを確認する様にその顔を覗き込んだ。
「お前を、愛させてくれる」
「オッパ・・・」
「お前の愛が・・・俺に新しい歌をくれるんだ」
緩くあがっていく口角で、ミニョの顔に近づいていくテギョンだが、その視線は何故かミニョではなく、スタジオの入り口に向かっている様で、不思議な顔をしたミニョが、オッパと呼んだ。
「いや、いつもならこの辺で・・・」
リンの邪魔が入るのにとテギョンが笑って言うと、そういえばと言ったミニョも入り口を見ている。
「どうしたのでしょう!?」
「静か、過ぎるよな」
そう言って、顔を見合わせたふたりは、取りあえず、リビングに戻る事にしたのだった。
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