ユンギとジュンシンは、午後一番で、A.N.entertainmentのビルに駆け込むと早足で歩くジュンシンの横をユンギは、大股で歩いていた。
「ジュンシン、早くしろよ!」
「ユンギが、仕事してたからでしょっ!!」
早足というより、ユンギにおいていかれない様に小走りになってきたジュンシンは、それでも、ユンギより後ろを付いてきていて、約束の時間に遅れたことにぶつぶつ、文句を言っていた。
「仕方ないだろ!外すわけに行かないんだから」
「だったら、僕だけ先に行かせてくれれば良い・・・」
文句を言いながら走っていたが、ユンギがふと、立ち止まった事で、そのお尻の辺りにぶつかったジュンシンは、鼻を押さえて、ユンギの背中を見上げている。
「ちょっと、急に止まんないでよ」
叔父と甥の親しみのせいなのか、はたまた外国育ちだからなのか、ユンギに対して、不遜な態度のジュンシンは、スラックスを引っ張るとユンギの足に腕を巻きつけて、横から顔を覗かせた。
「どうしたの!?」
「いや、もしかして・・・」
ユンギの見つめているのは、回廊の反対側で、その先の死角になっている窓の隙間から見える渡り廊下と隣の建物らしく、そちらには、レコーディングスタジオがあってそこを歩いていた誰かを目にしたようだった。
それに笑顔を零しているユンギは、ジュンシンの前にスッとしゃがみ込むと用事が出来たと言った。
「はぁ!?ガキの俺にひとりで行けって言うのかよっ」
小さな体で、顔だけ前に突き出し、ユンギを見ているジュンシンは、驚いて目を丸くしている。
「お前なら大丈夫だろ!それに場所も判ってるだろ」
ユンギが、頭に手を置くと笑顔で言った。
「ああ、それなら問題ないけど」
「悪いな!これも仕事だ」
「仕事って、一人異国に残った俺をもっと大事にしろよ」
ジュンシンが、ユンギの膝を蹴るように足を上げたが、真似だけで、蹴るつもりも無い事にユンギは、また笑顔を浮かべている。
「一人だって、オモニにくっついて、逞しくしてるじゃないか」
「そりゃ、折角俺がいるのにハルモニひとりじゃ可哀想じゃん」
「良く出来た孫で助かるな」
はははっと声を出して笑っているユンギは、生意気な言葉遣いでもしっかり、言う事を聞いているジュンシンに感心している様だ。
「煩いなー!行くなら行けよ!オンマに後で告げ口してやる!」
「はは、ヌナに告げ口は、きついな」
「べーっだ!俺の事、大事にしない罰だ!」
「はいはい、じゃぁ、とりあえず、迷わない様に行けよ」
「うん!わかった」
軽くあげたユンギの手にジュンシンが、拳を当てると、2人はそこで別れたのだった。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「OKだね!ありがとう!」
録音ブースから出てきたシヌに手を差し出して、ヒジュンは、握手をするとシヌの手を包み込む様に握った。
「いえ、大丈夫ですか!?」
相変わらず涼しい顔をしているシヌは、笑顔を浮かべてヒジュンを見つめ、いい経験ですと言っている。
「ああ、そういえば、君もツアー前には、新曲を出すんだって」
「ええ、アルバムには、ずっと書いてたんですけど、テギョンの意向で」
「ふーん、君の曲も聞かせて欲しいね」
「アルバムをお持ちしましょうか」
シヌが、クスッと笑うと手を離したヒジュンも笑って片目を閉じている。
「はは、ユソンが、多分持ってるな」
「そうですね」
シヌが、頷くと、更に笑ったヒジュンは、椅子を回転させて寄り添って譜面を確認しているテギョンとミニョを見ている。
「じゃぁ、次は、ミニョssi、お願いできるかな」
「ええ、お願いします」
ヒジュンが、振り返ったソファに座っていたミニョは、隣に座っていたテギョンに譜面を渡すと、ヒジュンに軽く頭を下げて、録音ブースに入って行った。
ミニョと入れ替わりにテギョンの隣に座ったシヌが、小さな声でテギョンに囁きかけた。
「大丈夫なのか!?」
ひそひそと極力小さな声でテギョンに聞くシヌは、心配そうな顔をしているが、ああと頷いたテギョンは、シヌをちらりと見ると視線だけをヒジュンの背中に向けて小さく囁き返している。
「俺達の考えすぎだろう!ソンベの事も当時の記者の事も調べたが、どこにも繋がるものは無かった」
「そうか」
「ああ、一番怪しむべきは、キム記者だろうけど、確認したらあの後どこかに飛ばされたらしい、今は、地方紙の記者をしてるそうだ」
「ミニョもこっちにそういう思いがあるからだろって言ってたしな」
「そう、だな、色々あった時の歌だからな」
テギョンとシヌの視線が絡むと、あの時の様に一瞬テギョンの瞳が冷たくシヌを見つめたが、シヌもあの時と同じ様な瞳でテギョンを見て互いに目元を緩めて小さく笑い出している。
「そういう目で見られたよな」
「お互い様だろ」
ははっと、2人で小さく笑っていると、ミニョが、ヒジュンの歌のコーラスに差し掛かっていて、それを聞いているヒジュンは、心なしか背中が揺れ、当てているヘッドホンにも力が入っているのか強く押し当てている様だった。
それを後ろから見ているテギョンは、僅かに首を傾げ怪訝な顔をしたが、コーラスを見事に歌いきったミニョに顎をあげて親指を立てているヒジュンに考えすぎかと小さく口の中だけで転がしている。
「じゃぁ、『マルドオプシ』を」
ヒジュンが、そう言って、ミニョに声をかけた時、こんにちはとスタジオに訪問者があって、座って腕を組んだまま、そちらを見たシヌとテギョンは、軽く手をあげると、ユンギも軽く手を上げてシヌの隣に座った。
「うわっ!やっぱり!感激!」
嬉々とした笑顔で両指を絡め、ブースの中のミニョを見つめている。
「じゃぁ、お願い出来るかな」
ヒジュンが、音響装置をチューニングし直すと、『マルドオプシ』が、スタジオに流れ始めた。
「『・・・・ハジマルゴルクレッソ・・・』」
ミニョは、笑顔でそれを歌い始めて、歌いだしを聞いていたテギョンは、閉じていた目を開くとふっと小さく笑っている。
「『マルドオプシ・・・』」
コーラスに差し掛かったミニョにシヌも一瞬目を伏せたが、直に笑顔を零すとソファに沈むように背中をつけ、何気無く横のテギョンに視線を移している。
「どうした!?」
「いや・・・」
テギョンは、胸を押さえる様な仕種をして、ミニョの歌というよりも声を聞いていて胸が締め付けられるのか、あの頃と変わらない歌い方で、その感情をミニョがぶつけているからなのか、目を閉じて、少し上向きの顎と、耳に装着されたヘッドホンに当てられている手に、ジッと目を向けていて、歌い続けるミニョに涙は無いけれどテギョンは、何か複雑な気持ちを抱える様に胸を撫で続けていた。
「『・・・・トマン ナムケトェニッカ~』」
ミニョの歌と同時に消えていくメロディに目を閉じたテギョンは、パンとヒジュンが打った手の音で目を見開くと、ゴクッと息を呑むように喉を上下させ、ありがとうと立ち上がったヒジュンが、録音ブースから出てくるミニョに手を差し出すのを無表情で見つめている。
「こちらこそ!良かったですか!?」
「ああ、大変参考になるよ」
「ふふ、私も楽しみです!」
ミニョとヒジュンが、そんな会話をしている中、天井を見上げたテギョンは、小さく溜息をついていた。
「それじゃぁ、後は、テギョン君だけだね」
ヒジュンが、振り返ると、ええと俯いていたテギョンは、襟を直すような仕種をして立ち上がり、上げた顔は笑顔を刻んでいる。
先程の溜息が意味するものが何であったのか、それを感じさせる事の無い態度で、録音ブースの中に入って行くのだった。
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最後まで読んで頂いてありがとうございましたー!まだ続くみたいー(*゚ー゚)ゞ
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