午後から、子供達のバンド練習を始める為、お昼を早めに済ませたA.N.Jellのメンバーは、いつものスタジオでは、狭すぎると器材の移動に奔走していた。
「っていうかさぁー!ヒョン達、ラクしすぎでしょ!」
ジェルミが、スネアドラムを抱えながら、ぶつぶつ不満そうに歩いている。
「だから、最初から向こうに置いてあるのを使えと言ってるだろ!」
「だって、夏までは、そっちで練習なんでしょー」
ジェルミのドラムセットを移動させる事に苦言を呈したテギョンの意見は、当の本人に却下され、結局、事務所のスタッフや、メンバー全員で移動を行っている。
「それにさぁ、ユソンだっけ、あいつドラムも出来るでしょ!だったら、俺が教えてあげなきゃじゃん!」
後ろをアンプとギターを抱えて歩いているテギョンを振り返ったジェルミは、嬉しそうに笑っている。
しかし、その顔にしかめっ面を返したテギョンは、まだ解らないぞと言った。
「一応、三人の担当は決まっているし、練習次第だな」
「でもさぁリンはともかく、あの子達も凄かったよね」
子供たち3人で始めて音を併せた時の事を思い出しているのかジェルミが何度も頷いている。
「ああ、アレだけ出来れば、コピーだし、デビューする訳じゃないから十分だろうな」
決してリンに仕事をさせる訳じゃ無いと暗に含んでいる様に聞こえたテギョンの言葉にジェルミは、何か言いたそうにチラッと視線を送ったが、結局、笑顔を作ると首だけ後ろに向けた。
「それでも、練習させるって事は気になる事があるの」
会議室として使っているホールに入ったテギョンとジェルミは、スペースを取って置かれている器材の前に持っていた物を降ろした。
「煩いな!お前達にだって練習させてるんだから同じ事だろう」
「俺達のは、新曲だよね!」
「子供たちの新曲も作ってるの!?」
既にホールの中で、音を確かめていたミナムが、会話に入り、テギョンに聞いている。
「さあな」
テギョンの返答にジェルミと顔を見合わせたミナムは、椅子に座って小さなテーブルに譜面を広げたテギョンの前に走りよって行くとそのテーブルに手を置いた。
「ヒョンさぁ、いつ休んでるのさ」
「体調管理は、してるぞ」
顔を上げる事無く、パラパラと譜面を捲っているテギョンは、左右に顔を動かし、前に置かれた筆入れから鉛筆を取り出している。
「ミニョに心配掛けないでよー」
「そうだよー!あいつ余計な気を使うんだから」
「テギョンの事になると特にな」
遅れてやってきたが、会話が聞こえていたらしいシヌが、入って来るなりそう言うと、一緒にくっついて来たらしいリンが、4人の真ん中に立って、ぐるっと一通り見上げている。
「僕はー」
「お前の心配も勿論してるから安心しろ!」
ミナムが、リンの頭を撫でると嬉しそうにうんと大きく頷いた。
「ミニョは!?」
「ああ、ボイストレーニングに行かせた」
シヌの質問にテギョンが答えるとジェルミがミナムの肩に手を置いて少し前に出てきた。
「ヒジュンソンベ来るんだよね」
「ああ、今朝、連絡したからな」
譜面に書き込みをしながら答えるテギョンは、額に手を当てるとテーブルに置いてあったリンのノートを開き、何かを探す様にそれを捲っている。
「テギョンヒョンとシヌヒョンも」
「ああ、全員って言われたんだろ」
シヌとミナムの間に立ったジェルミが、左右を見て、テギョンに視線を戻して頷いた。
「そうだね」
「お前達も気にしてくれてるんだろう!悪いな!」
鉛筆を置いて、譜面もテーブルに置いたテギョンは、三人に視線を向けると『マルドオプシ』に寄せるそれぞれの心配を汲む様に笑顔で言った。
「でも、あれがあったから、俺達こうして今もA.N.Jellとして活動してる訳だからな」
シヌが、ジェルミとミナムに視線を送り、テギョンに向かって笑いかけると、大きく頷いたジェルミとああと言ったミナムも笑っている。
「そうだよ!やっぱりミニョは、特別!」
ジェルミが人差し指を立ててまた左右を見ている。
「その考えが変わらないのが、気に入らない」
ふっと零したテギョンは、不機嫌そうに言ったが、口元は大きく上がっている。
「ねっ!それよりさーヒョン!どうするつもり」
楽器の傍らでリンと遊び始めていたミナムが、テギョンに声を掛けるとそうだなと返したテギョンは、カタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「新曲の方は、それぞれ練習が進んでるんだろ」
「ああ、俺の曲も出来上がっているし、問題ないぞ」
シヌが、答えるとジェルミも頷いている。
「コンサートの構成とかそっちの準備もあるし、ドラマとかラジオの方も調整つけてるからな子供の練習にばかりは付き合えない」
A.N.Jellとしての活動が優先である事を確認し合っていく。
「ミニョだって、仕事の依頼、もうあるんでしょー」
リンにギターを抱えさせたミナムは、何が良いかなとリンに聞いている。
「ああ、雑誌のモデルとCMのオファーを貰ってるそうだ」
「まだ決めてないの」
ジェルミもドラムに近づきながらテギョンに聞き、背中を向けてセットを組み始めた。
「ああ、まだ何も決めてない」
シヌと目配せをしているテギョンは、立てかけていたギターのネックを持ち上げると右手で譜面を開いている。
「そっかーヒョンやっぱり忙しいねー」
リンの指先を見つめているミナムは、笑顔を零してそのギターを聞いていて、シヌが、リンに近づくと、その指先を直すように指摘している。
「まぁな、けど、遣りたいって言ったのは、そいつだからな」
3人の後を追うように練習スペースに近づき、リンの頭に手を置いたテギョンは、その髪をクシャクシャ撫でて、ミナムに歌えと顎を突き出した。
「まさか、ここまで遣るとは思ってなかったよね」
準備の出来ていないジェルミを除いて、音合わせを始めたA.N.Jellは、顔を見合わせるとリンの音に併せる様に練習を始め、それぞれに音の調整をしていく。
「そうだな・・・子供の遊びと思っていたのにな」
ギターを抱えてテギョンの前に出てきたリンは、ステージのテギョンの真似をしていて、それを睨みつけているテギョンは、ミナムに辞めさせろと言った。
「でも、凄い子供が集まったな」
「うん、それは、本当に驚いた」
「ユンギの策略に嵌ってる気もしなくも無いんだけど」
シヌが、ピックを持った手を口元にあてクスクス笑っている。
「ユンギssiも意外と策士・・・ってことかぁ」
キーボードの前に立ったミナムが、天井を見上げて呟くとテギョンが、マイクを前にして肩を揺らして笑っている。
「お前達より上手だよな」
「間違いないね」
振り返って顔を見合わせそんな会話をしている一時だった。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「ミニョssi~」
ミニョは、テギョンに諭されて、午前中はボイストレーニングを受けていたが、芸能活動を再開したとはいえ、まだ何も決まっていない為予定も無いので、ヒジュンのレコーディングを受けたら帰ろうかと考えながらテギョン達のいるホールを目指していた。
そこへ後ろから声を掛けられて振り返ると、ユソンが手を振って駆け寄ってきていた。
「ユソンssi!こんにちは!」
「こんにちは!リンは!?」
「もう、練習してると思いますよ!」
ミニョが、そう伝えるとこの間の所ですよねと言ったユソンが、先に行きますと走って行った。
「ふふ、元気ですね」
「あなたも元気そうですね」
ヒジュンが、のんびり現れるとミニョに声を掛けて、こんにちはと言いながら紙を差し出している。
「何です!?」
差し出されるままにそれを受け取ったミニョは、ヒジュンに促されて並んで歩き始めた。
「テギョン君には、この前渡したんだけどね」
ミニョは、渡された紙を見ると、詩ですねと言って、目を通しながら歩いて行く。
「ふふ、デュオって聞きましたけど」
数枚の紙に目を通して、それを半分に折りたたむと、ヒジュンを見た。
「ええ、そのつもりです」
「決めていらっしゃるのですか!?」
ミニョが、相手について聞いた。
「さぁ、まだテギョン君とシヌ君の歌は聞いていないのでね」
恍けているのか、ヒジュンがそう答えるとミニョが口元を隠してクスッと笑っている。
「何です」
「ふふ、ユソンssiが言ってましたよ!ハラボジは、嘘をつく時に鼻を触るんだって」
一瞬、黙ってしまったヒジュンだが、直に声を出して笑い始めた。
「ふはは、あいつも良く見てるね」
「その様ですね」
並んで歩きながらミニョもクスクス笑い続けているとヒジュンが、歩幅を小さくして、真面目な顔をしてミニョを見た。
「歌ってもらえると聞いて、とてもホッとしてるんだよ」
「えっ!?」
ミニョが驚いて立ち止まると一歩先を行ったヒジュンが振り返って満面の笑顔を零してミニョを見ている。
「『マルドオプシ』」
「あっ、はい!そうですか!?」
立ち止まったミニョが、すみませんと小さく行って歩く様促すとヒジュンもまたゆっくりと歩き始めた。
「ああ、君の『マルドオプシ』を聞きたかったんだ」
「それは、どうして!?」
ミニョは、息を呑むように戸惑った様子を見せたが、並んで歩くヒジュンに前を向いたまま明るく聞いている。
ヒジュンも前を向いていた為、ミニョの表情は見えなかった様で、僅かに俯き加減で薄く笑うと話を始めた。
「ある男がね、君の歌が収録された物を沢山持っていてね!そいつに色々聞かせて貰ったんだが、とても美しい声だった!」
感動的に話すヒジュンは、その時の興奮が伝わってくる様に嬉々として話しながら曲を書きたいと思ったとミニョに伝えている。
「そいつが言うにはね、君と仕事をしたかったら、まずテギョン君を落とさないと難しいだろうとアドバイスをくれたんだよ」
「オッパですか」
「そう、君を大事にしてるから、仕事も選んでるぞって言われたよ」
可笑しそうに笑うヒジュンの横で、赤くなりながらも不思議な顔をして首を傾げたミニョは、暫く考え込むとヒジュンを見たが、『マルドオプシ』である理由には触れないヒジュンに、ミニョの事を教えた人物について探るように聞いた。
「私達を知ってる人、ですよね」
ミニョは、ある程度の推測を持ってヒジュンの顔を覗き込んでいて、それでも、確信には至らないのか不安そうに聞いている。
「そうだね、とても良く知ってる人だよ」
「えーっと、もしかして、外国にいらっしゃる!?」
ミニョは、迷いながらヒジュンを見て、唇に触れながら言葉を発した。
「確か、今は・・・ヨーロッパの方・・・とかに・・・」
「そうかもね」
ヒジュンが、笑って肯定した。
「やっぱり!」
ミニョは、笑顔を零すと何度か頷き、そうですかと言った。
「謎が解けたのかな」
「ええ、なぜ『マルドオプシ』なのかなって思っていたのです」
「ふふ、その謎が解けたんだね」
「ええ、テギョンssiには、まだ、秘密でお願いします」
ミニョは、唇の真ん中に人差し指を当てて上目遣いになると悪戯っぽくヒジュンを見上げている。
ヒジュンもミニョを見たが、ふふと笑うと頷いた。
「良いですよ!私も共犯になりましょう」
「ふふ、ソンベが、持ってきたお話ですよ」
ミニョとヒジュンは、笑顔を交わして、ホールに向かって行き、『マルドオプシ』の謎が解けたミニョは、何かを考えながら、ニンマリすると、ひとり、ほくそ笑んで緩む頬に手を当てているのだった。
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