「そろそろ時間か!?」
テギョンが、譜面台に鉛筆を置くと、ヘッドホンを外して時計を見た。
「そうですね!行きますか!?」
ミニョは、リンとふたりで弾いていた電子ピアノのスイッチを切ると隣のリンに椅子から降りてと促した。
「オンマー、アレちょうだーい」
リンが、両手をついて椅子から飛び降り、ミニョのバッグの置いてあるソファに歩いて行きながら言った。
「ちょっと、待ってね」
ミニョは、椅子をピアノの下に仕舞い込んでリンの傍らでバッグから帽子を取り出した。
「はい!!」
「ありがとう」
リンは、受け取った帽子を深く被ると天辺を摘んでちょっとだけ調整して、鏡の前に歩いて行く。
「また被るのか!?」
テギョンが呆れた様にリンに聞いた。
「他の連中もお前が男だって知ってるんだろ」
必要ないんじゃないかとテギョンは目を細めている。
「必要ないけど、僕コレの方が可愛いもん!」
ミニョとよく似た顔立ちで、くるっと瞳を回すリンは、にっこり笑ってアッパじゃダメなのと言った。
「何でダメなんだよ!」
自身が否定されたわけじゃないと判っていてもテギョンは不機嫌に唇を歪めて見せる。
「アッパに似てるとアッパと比べられるもん!僕は僕だもん!」
自覚というのだろうか、それが少しづつ芽生えているリンの一言にテギョンは、小さく笑ってそうかと頷いたが、リンが不思議顔をした。
「なんだよ」
「アッパが何も言わないのは変!」
「煩いなお前が成長してるって事だろ!」
嬉しいことだとテギョンはミニョと視線を交わした。
「ええ、嬉しいことです!」
ミニョは、テギョンに笑顔を返し、リンに向かって腕を伸ばすと手の平を広げていきましょうと言った。
「皆さんをお待たせしてしまいます」
「ああ、そうだな」
テギョンがもう一度時計を見るとミニョの手を握ったリンが、アッパもとテギョンに向かって手を伸ばした。
ふたりの手をそれぞれ握って嬉しそうな顔をするリンは、交互にふたりを見て行こーと言って二人を引きずるように歩き出すのだった。
★★★★★☆☆☆★★★★★
廊下の曲がり角で、ホールに入っていく子供連れの男性を見たジェルミは、目を大きく見開いて嘘っと興奮していた。
「えええーなんで、何で!!」
柱の影に隠れるように閉まったドアを覗き込み拳に握った両手を口元に当ててまた顔を覗かせる。
「み、見間違いじゃないよね・・・」
頬に手を当てるとそこを抓っている。
「痛っ!!うん!絶対本物だー!なんで、何でいるのーーー」
興奮したまま、また柱の影から覗いていた。
「何やってるんだ!?あいつ!?」
「さぁ・・・何かあったのでしょうか!?」
テギョンとミニョが、そんなジェルミを見つけて首を傾げている。
「まぁ、あいつが変なのはいつもの事だな」
「オッパ、それは、あまりにジェルミが可哀想です!」
ミニョとテギョンがそんな会話をしながらジェルミに近づくとふたりの間からジェルミを見つけたリンが、手を引きながら身体を前に倒してジェルミーと大きな声で呼んだ。
その声に振り向いたジェルミは、一瞬きょとんとするとテギョン、ミニョ、リンの順番に三人を確認して、もう一度下にいる小さなリンを見ると、ミニョを見て更にリンを見た。
「リーン!!」
両手を拡げてしゃがみ込むと丁度目の前にやってきたリンに抱きついた。
「ジェルミー!こんにちわ」
「リーン!可愛いー!!ミニョにそっくりだー!!」
胸に抱きこんでリンをギュッと抱きしめているジェルミは、その顔を確認して可愛いーと言っている。
「ジェルミくすぐったいよー」
リンは、帽子に手を当てると、ギュッとされる衝撃にクスクス笑っていた。
テギョンが、呆れてジェルミを見下ろしていると、ジェルミは、チラッとテギョンを見ていて、それに気付いたテギョンが、なんだっとイラッとした声を発した。
「・・・何も言わないんだ」
「何が!」
「リンにこんな事してるのに」
ジェルミの意図が判ったテギョンは、はぁと短く息を吐いた。
「バカか、お前!男と女じゃ違うだろっ!」
「ええー、そんな事無いよ!ミニョみたいで可愛いじゃん!」
リンの頭をぐりぐりしている。
「そう思うならやるなよ」
溜息をつきながらテギョンは、呆れ続け、ミニョは隣でクスクス笑っている。
「ジェルミ!こんな処で何してるのですか!?」
ミニョが、すぐそこのドアを見ながら言った。
「あっ!!そうだ!すっごいの見ちゃったんだ!!」
「「凄いもの!?」」
リンの手を握って立ち上がったジェルミがそのドアを指差して、何度も頷いた。
「そう!そのドアに入って行ったんだけど・・・」
リンの手を離したジェルミは、パァーと明るい顔で笑って、両手を併せると天井を見上げて興奮しながら言った。
「もー!本当に夢見たい!!動いてるの見れるなんて、何て幸せなんだ!」
テギョンとミニョが顔を見合わせる。
「何の事だ!?」
「さぁ・・・」
首を傾げたふたりに興奮していたジェルミは、アレッと言った。
「ヒョン達何処行くの!?」
表情を変えたジェルミが、テギョンに聞いた。
「そのドアの中だ」
「えっ!?」
ジェルミはドアを見て、テギョンとミニョ、それにリンを見た。
「えっ、えええええー」
大きな声が辺りに響くと、テギョンが、片耳に手を当てて左目を瞑り、ミニョは、両耳を塞いでいた。
「なんだよっ!!」
「ジェルミ!うるさいっ!!」
ミニョと同じ様に両耳を塞いだリンが、むすっとしてジェルミを指差しているが、その口調はまるっきりテギョンだった。
「うっ、ごめん」
斜め下から見上げるリンに気圧された様にジェルミが謝った。
「ねぇねぇ、それって、リンのバンド!?」
ジェルミが、リンの姿から何かを確信した様に真剣な表情で聞いた。
「ああ、今日、他の子供の両親と会う」
「子供の親!?」
ジェルミは、被った帽子を直してガラスに写る自分を確認しているリンを見下ろした。
「そっか、そういえば子供を連れてた・・・えっ、でも・・・」
ジェルミが、上を向いたり、下を向いたり、百面相を始めると首を傾げてそれを見ていたテギョンが、腕を組んでいる。
「なんなんだ!?」
「オッパ遅れちゃいますよ」
既に取っ手に手を掛けているミニョとリンが、扉の前からテギョンを呼んだ。
「ああ、すぐ行く」
テギョンはジェルミに怪訝な顔を向けたが、スッと横を通り抜け様とした時、ジェルミが、ガッとテギョンの腕を掴んだ。
「ヒョン!お願い!サイン貰ってきて!!」
そう言うとすぐにテギョンの腕を離して、両手を併せてくるっと後ろを向いて鼻歌を歌いながら歩いていってしまった。
「なんだ!?」
訳のわからないテギョンは、ジェルミをチラッと眺めて、小さく首を傾げると、ミニョとリンの後を追ってドアに吸い込まれていくのだった。