「歌ってみたいって・・・」
「歌ってくれるの!?」
ユンギは、嬉しそうに目を輝かせてミナムを見ている。
テギョン、リン、シヌの視線も一様にミナムに注がれていた。
「お前がそんな事言うの珍しいな」
シヌがミナムを見上げながら言った。
「うん・・・俺も・・・ヒョン以外の曲を歌おうとかあんまり思わないからちょっとビックリしてる・・・」
リンを抱きかかえたままミナムが開いている手で自身の心臓の辺りを押さえると、深呼吸をした。
「けど・・・これ・・・ちょっと・・・感動するっていうか・・・ヒョンの歌とはまた違う世界っていうか・・・ちょっと体験したくなる・・・」
テギョンがジーッとミナムを見ているとその視線に気付いたミナムが、照れたようにはにかんだ。
「あっ!ゴメン、別にヒョンの世界がどうのって言うんじゃないから・・・」
「ふん。そんな事はわかっているさ!そうじゃなくて・・・お前、それが判るんだな!!」
「どういうこと!?」
「俺の世界とは、全く違うって事さ!」
テギョンが片頬をあげてニヤッとするとミナムが失礼だなーとミニョの様に頬を膨らませている。
「これでも長い事一緒に仕事させてもらってるし!ヒョンの作った曲を歌わせて貰ってるんだから、俺だってわかるぜ!」
「ふっ!そうか」
成長したのかと言いたげなテギョンにミナムは益々不満そうだが、視線を少し逸らした後、ユンギに向き直った。
「いいかな!?」
ユンギは、ギターを脇に下ろしながら瞳を輝かせてミナムを見て口角をあげるとそれならと何やらケースをゴソゴソ始めた。
「それなら!こっちも歌って欲しい!!」
そう言って別な楽譜を取り出してミナムに渡した。
「お前、うちのヴォーカルに何をさせるつもりなんだ!?」
テギョンが、ギロッとユンギを睨むとへへッと頭をかいて笑っている。
「こんな機会ないでしょ!だったら最高のモノを聞きたい!A.N.Jellのヴォーカルが俺の歌を唄ってくれるなんてないからさ!!」
「莫迦な事を・・・」
テギョンは呆れたようにユンギを見ているが、隣でシヌがクスクス笑っていた。
「お前らしいな!音楽に関することには遠慮がないって言うか・・・変わらないな、そういうところ!」
そうかと首を傾げるユンギは、いいよねとテギョンに聞いた。
「ふん、勝手にしろ!」
テギョンの了承にユンギは、ミナムを見て、ありがとうと言いながら少し視線を落として話し始めた。
「本当はさ・・・思い切って言うけど!ミニョssiに唄って欲しいんだよね!同じ女の子だし・・・あの頃の歌声を聞きたいなぁ・・・なんて・・・」
両手を併せて感動的な仕種をしているユンギは、それでもテギョンを気にして遠慮がちに言葉を選びながら、チラチラ下から見上げている。
案の定、射殺しそうな睨みが返ってきたことにやっぱりと言いながら笑った。
「もう言わないから睨まないでよ!」
「ふん!別に俺は反対してるわけじゃないからな!」
「えっ!?そうなの!?」
ユンギが驚いたようにテギョンを見たが、チッと舌打ちをしている。
「ミニョが自分であまり歌いたがらないらしいよ!テギョンも滅多に聞けないみたいだし」
そんな様子を見ていたシヌが、助け舟の様にテギョンを見ながら言った。
「僕は聞いてるー!」
リンが楽譜を見つめるミナムの腕の中から、手を上げた。
「ヘー!リンssiの前では歌うんだ!良いなー僕も聞きたいなー!」
「じゃぁ!ユンギヒョン僕にギター教えに来てよ!!」
突然のリンの言葉にテギョン、シヌ、ユンギが、それぞれに目を丸くしたり固まったり、慌てた様に驚いている。
「「「はぁ!!!」」」
「良いでしょ!?アッパ!」
にっこりと笑うリンは、テギョンを見ながら聞いている。
「おっまえ・・・」
「だって、シヌヒョンともアッパとも違う音だよ!上手だもん!!」
リンの遠慮のない賞賛が披露されると、シヌは、苦笑いをして、テギョンは頭を抱える様に額に手をあて首を振った。
「・・・耳が良すぎるのも大変だよな・・・」
シヌが自嘲的に笑いながら、テギョンの方を見て子供だよなと言っている。
少なくとも大人たちは、子供の五感であってもそこに優劣が付いた事にそして、それが間違い様のない優劣であることに少し傷ついたような複雑な顔をしているが、リンにはそれはまだ解らない。
「俺達もずっと現役だけど・・・やっぱりユンギのテクニックは、全く衰えてないって事なんだろうな・・・」
シヌが、ユンギを見て、テギョンはリンを見て真剣な顔をしている。
「お前、ギターを遣りたいのか!?」
「うん!」
リンが元気に頷いた。
「ピアノはどうするんだ!?」
「ピアノもやるー!」
ミナムにくっつく様に片腕を首に廻したままリンが答えると黙って聞いていたミナムが良いんじゃないのと言った。
「別にヒョンは、どっちに行って欲しいとか思ってないんだろ!?だったら、今まで通り、ピアノはリンの感性で練習すればいいし、ギターは、テクニックだけでも教えて欲しいと思ってるならそれでも良いんじゃないの!?」
リンはミナムの言葉に嬉しそうに微笑むと、アッパと甘えるように言った。
「反対するつもりはない!ただ、ユンギも仕事があるし、お前の都合良くは行かないぞ!」
「別にいいもん公園で教えてもらうもん!!」
「「こうえーん!?」」
ユンギとテギョンの言葉が重なって驚いたように顔を見合わせてから、リンを見た。
「ああ、いつもの公園・・・この前も公園だったね」
「うん!ユンギヒョン新しい曲作ってたでしょ!」
ユンギが目を逸らして考え込むようにするとああと言った。
「あれ、凄かったのー!あんな音出したい!!」
ミナムがリンを下に降ろすとテギョンの膝に乗る為にトコトコ歩いて行く。
「そんなに凄かったのか!?」
テギョンが興味を惹かれたようにリンに聞いた。
「うん!ギューってされたみたいだった!!」
抱きしめられたようだったと話すリンは、顔と拳をギュッと縮めながら立ち上がったテギョンに抱き上げてもらっている。
「ヘー俺も聞きたいな!」
シヌも立ち上がりながら、ユンギを見ると、ユンギも立ち上がって、そうかなとリンを見ている。
「なんかね、この辺が暖かくなったの・・・」
この辺と言ったリンは、胸の辺りを叩いて微笑んだ。
「うーん・・・そっか・・・」
ユンギは何かを思案するように口元に拳を当てるとぶつぶつ言い始めた。
「新曲か!?」
テギョンが聞いている。
「うん!ミナの為に作った曲なんだ。彼女の母親への曲とはまたちょっと違うんだけど・・・やっぱり凄いな・・・」
ユンギは、リンの感性に感動している様だ。
「ふ、それでも子供だ!あまり過剰に考えるなよ!」
「でも、ファン・テギョンの子だからね!」
悪戯っぽい瞳をテギョンに向けるユンギは、ハハッと笑って、ドラムの前にいるヒジュンに声を掛けた。
「ヒジュン!『麗しい女(ヒト)』」
「遣るのか!?」
「うん!ミナムssiが唄ってくれるって!!」
「えっ!?ほんと!?」
「ああ」
ユンギは、ヒジュンの元へゆったりと歩いて行くと、譜面を片手にしているミナムを振り返って、手を挙げて確認しあった。
「うっそ!ミナム唄うの!?」
ジェルミが驚いたようにスティックをクロスさせて目を見開いている。
「ああ、ちょっと気になったんで唄ってみたいんだ!」
「ヘー!俺も聞きたかったんだ!凄いぜこいつのドラムも!!」
ジェルミが、ドラムセットから抜け出てくると、ミナムと入れ替わるようにシヌやテギョンの傍に寄って行く。
「初めてなんだから、あんまり期待するなよ!!」
ミナムがおどけた様にマイクを引っ張りだすと、ユンギとヒジュンと音や出だしを確認し合って顔を伏せた。
ヒジュンのスティックを叩く音が始まり、ユンギがそれに音を乗せていきミナムが、譜面を見ながら唄い始めると、A.N.Jellの面々はそれに引き込まれるように顔つきが変わっていた。
リンは、大きく見開いた目でユンギの指先を見つめ体を揺らしながらテギョンの腕の中でリズムをとっている。
短い数分が終ると、その場の皆の顔にそれぞれに満足そうな笑顔がこぼれていたのだった。
★★★★★☆☆☆★★★★★
────麗しい人
夜を纏って現れる君は
いつだってあでやかな笑みを刻んで
男達を虜にしていく
美しきひと
君の纏う闇に翻弄されて
僕はもう逃げられない
君の虜になっていく
だけど君の瞳は僕を見ていない
今日も他の男の腕の中で微笑んでいる
麗しきひと
一度でいいから僕を見て
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